魔性の仔A-4
「だって、あの子の服って3着しかないんですよ。あと1週間も預かるのに、同じ服じゃ可哀想じゃないですか」
「あ…ああ、そうだな」
意味が分かった刈谷は笑ってみせた。それを見た早紀は、ハツラツとした口調でさらに続ける。
「じゃあ行きましょうッ!ついでに、この間のお礼も兼ねて夕食もお願いしますよ」
早紀は刈谷の腕を取ると、エレベーター・ホールへと向かって歩き出した。
夜を迎え、山は漆黒の闇に包まれる。闇は静寂も携えて来る。それは、中尊寺の別宅も例外でなく、窓の外には一片の光も音も無い。
夕食を終えた中尊寺と少女は、一緒にバスタブに浸かっていた。
「真弥ちゃん、ありがとうッ」
自分の背中を流してくれる少女に、彼女は──真弥─と名前を付けた。
刈谷の頼みを聞いた時、彼女は便宜上、必要なので少女に名前を訊ねた。
が、少女は自分の名すら憶えていなかった。それならと、自分の作品に出てくる主人公の名で呼ぶことにしたのだ。
少女は真弥という名を快く受け入れてくれた。
「交替よ。今度は私が洗ってあげるわ」
そう云うと、中尊寺は洗い場での位置を少女と入れ替わる。
「きれいな肌…まるで、北欧とかの女の子みたい…」
中尊寺はため息混じりに少女の肌にスポンジを当てた。
洗われている間、少女は実にたのしそうだ。
言葉を発っせない少女。しかも、感情表現もそれほど豊かでない。そんな子が自分を好いてくれている。
刈谷の云ったことは最初から嘘だと分かっていた。が、今では、どうでも良いことだと中尊寺は思っていた。
「刈谷さんはね、今日は仕事で遅くなるの。だから、今夜は私と寝ましょう」
優しい言葉に少女は頷いた。それからしばらく経った頃、入浴を終えた2人は中尊寺の自室へと階段を登っていた。
「送って頂いて、ありがとうございます」
時刻は10時を過ぎていた。早紀と夕食を共にした刈谷は、彼女の自宅アパート前にクルマを停めた。
「こっちこそ付き合わせて悪かったな」
後部座席には、少女のために買った服の紙袋が置かれていた。
「それじゃ…」
助手席のドアが開いた。早紀は路面に足を降ろし掛けて刈谷を見た。
「……?」
その顔は──決意─を含んでいた。
「あの…寄っていきます?」
「おまえ…」
早紀は瞳を潤ませ、口唇をかすかに震わせていた。そんな彼女を面あたりにした刈谷は黙ってクルマを降りた。
早紀も無言で降りた。刈谷の手が、うつむく彼女の肩を抱いた。
2人は、アパートの中に入って行った。