魔性の仔A-3
「刈谷さん、ご機嫌ですね」
出版会議を終え、会議室を後にする刈谷を早紀が追いかけて来た。
「ああ。プロットを修正されることも無かったし、〆切も2週間伸ばしてくれたからな」
「でも、大変でしょう?なにかと神経質な中尊寺先生のウチに居るのは」
「それが全くの逆なんだ」
「逆って?」
刈谷は、仕事以外でみせる中尊寺の女性らしさを話した。
それを聞く早紀は目を丸くさせた。
「へええ、そんな一面があったんですかあ」
「人間、外面だけでは解らんもんさ…」
答える刈谷は、柔らかな眼差しを遠くに向けた。そんな表情を見せられた早紀は思わず口唇を噛んでいた。
「…その平穏さも、あの子と出会ったからだろうな。なんといっても、作中に登場させるくらいだから」
「じゃあ、あの真弥って…」
「そう。先生が、あの子をイメージして設定したんだ」
遠くを向いていた顔がうつむく。
「ところで、あの子はどうするんです?このまま、傍に置いておくのはマズいでしょう」
「…まあ…確かにそうだな…」
話が少女の事に移った途端、刈谷の語り口が急に歯切れが悪くなった。
──思った通りだ…。
早紀は心配気な顔で話を続ける。
「刈谷さんも先生に掛りっきりで時間が無いのなら、いっそ警察に届けた方が…」
「その話だが、もうしばらく待ってもらえないか…」
「刈谷さん……」
「せめて数日。作品のアウトラインが出来上がるまで…」
刈谷は真剣な眼差しで懇願する。が、早紀はそれに異を唱えた。
「でも、彼女の保護者の気持ちを考えるべきですッ。きっと探してますよ」
「それは分かってる。分かってるんだ…」
苦悩のシワを眉に寄せる刈谷。
「先生はあの子を愛でてる。あの子も先生になついてるんだ…」
人として間違った考え。だが、早紀には同じ出版に携わる者として刈谷の思いは理解できた。
「分かりました。但し、1週間ですよ」
早紀が出した答えに、刈谷は意外という顔を見せた。
「1週間のうちに彼女の保護者が見つからなければ、警察に届け出ますから」
「早紀…」
「折衝案です。互いの意見が平行線をたどりそうだから、間を取って提案したまでです」
「…すまない」
刈谷は安堵した顔で呟いた。だが、早紀は厳しい顔を緩めていなかった。
「それは、あの子に云うべき言葉です。彼女は──大人の都合─に翻弄されてるんですから」
本音を放つ早紀──これではどちらが先輩だが分からない。
「じゃあ、今から彼女の服を買いに行きましょうッ!」
厳しい言葉の後、早紀は一転、表情を弾けさせた。刈谷には云ってる意味が分からない。