ヴァンジュール〜フライング篇〜-1
小さく風が吹き、草花を揺らした。滑り台もブランコも鉄棒もその形を誇示しているように思える。その公園の砂場には幼き日の僕達がいた。
「ねえ、やくそくだよ? かならずとんでね」
彼女が小指をさしだした。だから、僕もうん! と頷き、彼女の小指に僕の小指を絡ませた。そして、僕達は誓いの儀式を行った。
『ゆびきりげんまん。うそついたら、はりせんぼんのまーす』
※※※
真っ白な世界。なにもかも白で染められ、独特な世界を生み出している。清澄病院。そこに彼女は入院していた。僕は彼女の手を必死に握りしめた。
「ねぇ、あの時の、約束、覚えて、る?」
ベッドに横たわる彼女は息もたえだえに言った。僕はうん、としか言えなかった。忘れたわけではない。あの『約束』は僕の中で宝物になっていた。かけがえのない宝物の一つに……。
「そう、よかった。約束、守って、ね」
そう彼女はいうと、僕が頷く前に急速に彼女の体温が奪われていく。彼女の手が冷たくなる頃には、彼女の存在が消滅した。僕はひたすら泣き続けて、そして、泣き疲れた時には、もう涙は枯れていた。
※※※
空が青い。雲がゆっくりと流れていく。あるマンションの屋上。僕はひたすら筋トレをしていた。腹筋、背筋、胸筋、など鍛えられる範囲全てを鍛えていた。たった一つの目的のために……。
ふと足首に違和感を感じた。しかし、足のどこを見ても誰も居ないし、何もない。気のせいかと思った瞬間、何者かに足首を引きずられた。そのせいでバランスを崩し、倒れてしまったがその何者かはそんなことは関係ないように引きずり、引きずり、引きずり、そして、僕は宙に浮き、地面に叩き――――。
『ヴァンジュール?フライング篇?』
青葉蓮(あおばれん)探偵事務所の所員の一人――影沼楓(かげぬまかえで)は所長である青葉蓮を観察していた。あの『舞台の事件』から既に一ヵ月が経過したものの、依頼の数はゼロ。依頼人は何人かきたものの、青葉蓮が気分がのらないと全て追い返してしまったからだ。
『舞台の事件』から青葉蓮の様子がおかしい。前にもまして考え込むようになった。漆黒の手帳を出して、残りのページを数え、ため息をつく。その繰り返しだった。気になって、何をしているのですか? と聞いてみても、ああ、とか、うん、などと曖昧な返事しか言わない。
観察を続けていると、ジリリジリリと黒電話が鳴った。もし依頼人なら青葉蓮がぼーとしている今がチャンスと受話器を取った。
「はい、青葉蓮探偵事務所です!」
「青葉、青葉蓮さんはいらっしゃいますか?」
前回の依頼人の松本龍真(まつもとたつま)の声をハスキーボイスで低い声とするならば、この男の人はどす黒い感情で包まれた声。そうとしか例えようがなかった。
「いますが……。お名前は……?」
「これは失礼。私、青葉新(あおばあらた)と申します。以後よろしくお願いしますね」
いくら丁寧な言葉を使っても、どす黒い感情で包まれた声だけは耳に残ってしまう。思わず不安になってしまう。
「……少々お待ちください」
青葉蓮に受話器を渡し、様子を見ることにした。受話器を耳に当てた瞬間青葉蓮はみるみるうちに表情を、険しいほうへ変えていく。