『It's A Wonderful World 2 』-3
新芽をつけたばかりのイチョウ並木。
木々の隙間に、数人の女子生徒の姿。
距離がある為、顔までは確認できない。
「アキヒロ目いいな」
「両目2.0だ」
「バカは目がいいからな」
女子生徒たちは、手に長い棒を持っていた。
「仁美さんって何部?」
「ラクロス部だ…」
僕は、ゆっくりと近づいてくる想い人の姿に見とれていた。
そう、彼女はラクロス部。
清楚なイメージの彼女にはピッタリだ。
「ラクロスってよくわかんないスポーツだよな」
バカはこれだから。
「ルール知ってるか、シュン?」
「知らない」
知らなくてもいいのだ。
ラクロスは清楚で上品なスポーツ…。
「ふーん、仁美さんって休み時間とか何してんだ?」
「彼女はよく読書をたしなんでいる」
なんて知的な…。
「ラクロスといい、読書といい、なんというかベタだよな」
マサキが素朴な感想を口にする。
「マサキ、後で体育館裏集合な!」
「お前もベタだな!」
そんなくだらない会話をしているうちに、彼女の姿が見て取れる距離まで近づいて来た。
「お前、アレは…」
「シュンってミノホド知らずだよな…」
ゆっくりと近づいてくる彼女は、一緒に歩いている他の女子とは次元が違っていた。
強い風に煽られた長い黒髪はさらさらと流れるように宙を舞う。
雪のような肌は、この距離でも白く透き通っているのがわかる。
すらっと均整のとれた体は、今にも折れてしまいそうなほどはかなく、か弱くて。
整いすぎた顔には、切れ長だけれども慈愛に満ち溢れた瞳が、曇天に差し込む輝きのように添えられていた。
まさに、女神。
「シュン? シューン?」
アキヒロに呼ばれて我に返る。
いかんいかん、彼女の異常な美しさに、ついイッてしまっていた。
自重しなくては。
「ていうか、どうやったらあの子が地味で目立たない子になるんだ…」
「あの子の高尚な魅力に気づくのは、僕だけなんだ。そうだ、僕だけが…」
「シュン、目つきがヤバぞ」
マサキ言われて、再び我に帰る。
はっ!? いかんいかん! 僕はアキヒロとは違う。アキヒロなんかとは違う。
僕はクール。僕はクール。
呪文のようにぶつぶつと口にする。
もうすでに手遅れなほどキモい。
なんてことはない!!!
「よし! じゃあ、作戦を決行するぜ!」
バカが立ち上がった。
バカは変装用に黒の目だし帽を被っていた。
悲しくなるくらい、似合っていた。
「待て! アキヒロっ!」
駆け出そうとするアキヒロを必死に呼び止める。
今なら、まだ間に合う。
頼むから、やめてくれ。
僕は、そんな意味を込めて、アキヒロを見つめた。
「ふっ」
不意に立ち止まるアキヒロは、自嘲するように笑った。
「俺が死んだら、朱音に、泣くなって言っといてくれよ…」
「今すぐ死ね!!!」
そのキモさに胃炎になりそうな俺を無視して、アキヒロはアディオス!とでも言うように片手を振って見せた。
そして駆け出す。
バカが走る。
俺の恋を応援、するどころか完膚なきまで破壊するであろうバカが、核弾頭のように走っていく。