『六月の或る日に。1』-8
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「……落ち着いた?」
「…ん、ごめんね。」
陽子はあたしの謝罪に、首を振った。本当に、陽子は優しい。
周りは相変わらず宴会ムードだ。おかげで、こんなに泣いても、誰も気づかなかったみたい。
「…泣いていいと思うよ。それが、普通だから。忘れられるわけ、ないでしょ?」
そう言ってもらえることが、有り難かった。
そう、忘れられるわけ、ないんだ。
だからまだ、多分また、あたしは何度だって泣くだろう。
「いいんだよ、泣いたって。泣いた分、次はもっといい恋がやってくるから。」
なんか、どこかで聞いたことある台詞。……どこだっけ。
…………もしかして。
「……それ、あたしが前に陽子に言った言葉……?」
うろ覚えだけど、そんなことを言った気がする。
「あ、バレた?」
陽子は悪戯が見つかった子供のように、おちゃめに舌をぺろっと出した。
「2年前さ、あたしがその時付き合ってた彼氏と別れた時、春美そう言ったの。」
「……そうだっけ。」
何となく覚えているけど。
「あたし、救われたんだよね。泣いた分だけ次いい恋出来るなら、いっぱい泣こうって。そう思えたの。」
「……そっか。」
そう言ってもらえると、何か有り難い。
「だから春美も、いっぱい泣きな。いっぱい泣いて、いい恋するの。」
力強く、でも優しくそう言う陽子は、とても綺麗に見えた。あたしも、こんな風になりたいと、そう思った。
……けど、あたしは。
「まだ、泣かない。」
「え?」
「ごめん陽子。まだあたし、泣けないの。」
あたしの言葉に、陽子は訳がわからなさそうに、首を傾げた。
「あ、さっきのは、カウントなしね。」
あたしは手のひらを横にして、顔の前に掲げた。『ごめん』ってゆう意味をこめて。
「あたし、まだ夏樹に言ってないから。」
「何を?」
「さよなら、を。」
いかにも、は?と言いたげな顔で陽子は固まった。
「ちゃんと言ったら、多分泣くと思う。」
そう、あたしはあの日、夏樹にさよならを言えなかった。
どうしても、言いたくなかった。
まだ、認めたくなかった。夏樹を失いたくなかった。
夏樹と出会ってからの7年半に整理をつけるには、あの1日だけでは余りにも足りなかった。
人生の約3分の1を共に過ごした彼と、道を分かつということは、思った以上に、勇気と覚悟が必要だったんだ。