『六月の或る日に。1』-5
「…あたしさ、何気に、夏樹との結婚、夢見てたんだよね。」
「……え?」
泣き出しそうになっていた陽子の目が、驚いたように見開かれた。
「驚くよね。てかあたしも初めて言うし。…なんか、恥ずかしくて言えなくてさ。」
今年、あたしは26歳になる。
柄じゃないけど、昔から早く結婚したいと思ってた。
大学で夏樹と出会って、自慢じゃないけど、今まで付き合ってこんなに続いたことはなかった。だから、去年くらいから、もしこのまま一緒にいれるなら…と思っていた。
「あたし、今まで付き合った人の中で、多分夏樹に一番依存してた。意外でしょ?」
「……夏樹、弱っちいもんね。」
悪戯っぽく笑うと、陽子も少し笑った。
「ゴキブリ見て騒ぐし、お化けとかジェットコースターとかまるで駄目だし。」
「大学のゼミの合宿で肝試しやった時、アイツだけ最後まで渋ってさー。」
「あははっ、陽子仕切り役だったもんね!」
大学3年のゼミ合宿。夏樹は満場一致で決まったその催しに、当日まで不満を言っていた。その男気のなさと言ったら…。
「あのとき本気で別れようかと思ったもん。」
「そうすりゃ良かったのに!まぁあれはないよねー。」
「でも実際進み始めたらね、なんか必死で守ってくれようとしたの。」
「あー聞いた、足ガクガクさせて、でしょ?」
「そう、足が震えるから、うまく歩けなくて、なんか酔っ払いみたいになってて。」
「本当に情けないなー。」
今日初めて、笑いながら夏樹の話をした。夏樹の思い出話なら、腐るほどあった。
いい気分で一杯ライチサワーを口に運んだ。
鮮明に、あの時の夏樹との出来事が、頭に蘇った。そして、あの時感じた思いも。
「……でも。」
「ん?……」
厚焼き玉子をつついていた陽子が顔を上げた。楽しそうなその顔が、急速にしぼんでいった。
理由は、わかっていた。
頑張っても、止められない、頬につたうそれを感じながら、あたしは話を続けた。
「……でも。……あたし、あの時……思ったんだ。」
恐怖に足を震えさせながらも。情けなくてカッコ悪くても。
それでもあたしを守ってくれようとするその後ろ姿を見ながら、あたしは彼について歩いてた。
そして思ったの。
心に誓ったの。
あたし、ずっとこの人の側にいよう。
って。