想-white&black-C-3
もう少し、そう言った楓さんの表情が何だか寂しげに見えた。
そのせいで断ることも忘れてしまい抱き締められたまま動けずにいたのだった。
今日起きた全てのことが、あまりにも突然でショックが大きくて私はどうかしていたのかもしれない。
こうして抱き締められていることに心地よさを感じてしまうなんて。
久々の人肌の温かさが懐かしくて、ふいに涙が込み上げてしまったことを悟られないように目をぎゅっと閉じた。
そしていろいろな出来事の疲れからなのか、いつの間にか私は眠ってしまっていたらしく気がつくと朝を迎えていたのだった。
まるで絨毯のように大きなカーテンの隙間から差し込んでくる陽光に目を覚ますと、隣で楓さんが静かな寝息をたてていた。
いつもの目覚めと違う光景に、びっくりした私はベッドの上で思わず勢いよく後ずさる。
「えっ? あれ?」
寝起きのせいか、いまいちはっきりしなかったがだんだんと昨日のことが蘇りはっとする。
身体中あちこちに残る痛みが思い出させた。
そうだ私、この人に……。
昨夜のことはきっと忘れたくても忘れられない。
嫌だと言っても力で押さえつけられる恐怖を味わったのだ。
今は身体に不快感もなく、服も着せられているが彼の指先の冷たさや肌を這う舌の感触、こじ開けられた痛みはまだはっきりと覚えている。
それらを思い出すと悔しさなのか怒りなのか、それとも恐怖なのか身体の奥が揺さぶられるような感覚に震えた。
―――こんな所にいられない。
そう感じた私は逃げるようにベッドから抜け出すと、扉に向かって足を踏み出した、―――その瞬間。
突然、バンッと大きな物音に私の身体がギクッと固まった。
ノックもなしに扉が開かれ、一人の男が入ってきたのだ。
「よぉ、楓……って、あれっ? 君は?」
入ってきたその人は私に気がつくと、軽く目を見開きながらも呑気な声で尋ねてきた。
むしろそっちこそ誰なんだと聞きたかったが、驚きのあまり固まったまま言葉が出てこない。
「何だよ、また楓ってば女連れ込んでるワケ?」
"また"?
いつもの事なのか何も気にしてないという感じであっけらかんとしている。
楓さんのことを呼び捨てし、勝手に部屋に入ってくるこの人は一体誰なのか。
早くこの場から逃げ出したかったのに、訳の分からない状況にすっかり頭の中は真っ白になってしまっていた。