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主役不在
【二次創作 その他小説】

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主役不在-9

   10.【一打】

 村岡は、長考の後に一つの牌を掴んだ。
 どうしても切りたくない牌である。しかし、切らないわけにもいかない。
 村岡の切った牌は、三索、四索ではない。五、八筒でもない。八萬でもない。
 そして、四筒でもなかった。
 (くそ……ッ!)
 村岡が手放したのは、北。ヤオ九牌である。赤木に対しては、断ヤオ九が消えるために確実に安全といえる牌だ。
 しかし、この一打にはもう一つ、別の意味があった。
 あがり放棄である。
 村岡の待ちは、国士無双十三面待ち、ヤオ九牌の全てだ。当然北も含まれる。
 つまり、北を自ら切った村岡は、これでフリテン扱い。たとえ赤木が当たり牌を切っても、あがれないのだ。
 絶対にあがれるはずだった絶好の配牌を棒に振る一打。掴みかけていた圧倒的な大金を、どぶに捨てる行為である。
 (くそ……くそ……くそお……ッ!)
 身を切られる思いで北を河に置く。これで、ひとまず四巡はやり過ごせる。
 しかしその後は、やはりまた六牌切らねばならないのだ。そういう意味で、村岡のこの選択は少々愚かにも思える。どうせ後に切らねばならないのなら、勝負の一打はいま放つべきなのだ。
 村岡には、それができなかった。
 少しでもリスクを後回しに。四巡の間に赤木からなにかヒントを得られるかもという想い、そしてなにより、いまこの時のリスクを背負う覚悟が村岡にはなかった。
 目の前の赤木へのイメージからくる恐怖、そして、いままでイカサマに頼ってきた自身の心根が、その覚悟を奪った。
 「ククク……ッ」
 村岡の一打になにを感じたのか、赤木はまた軽く笑った。
 そして、牌を摘んだまま、村岡の顔を見る。



   11.【和了】

 逃走の一打。弱者の北打ち。
 赤木は幾人もの雀士が放ってきたその逃げの気配をその北に見ていた。
 それは、百戦錬磨であったはずの雀士たちですら、必ずある一打である。
 例えば、国士無双を装ったカラテンリーチに、本物の国士無双聴牌の者が打つ降りの一打だったり、或いは、大明槓の責任払いを恐れるあまりのミス打ちだったり。
 どんな打ち手にも、必ず産まれるその緩み。ほんの少しの心の揺らぎからでるその一打。
 赤木が狙うは、まさにその揺らぎだった。
 赤木は牌を――手牌の左端の牌を摘まんで、言った。
 「ロン……」


 「へ?」
 一瞬、赤木がなにを言ったのか、村岡は把握出来なかった。
 絶対にあり得ない言葉のはずである。そのため、赤木がその手牌の左端をめくって見せても、その意味を理解するのに時間を要した。
 「な、なに……」
 赤木がめくった牌は、北。八萬とすり替えられた牌は、北だったのだ。
 「なにぃッ!」
 一瞬、敗北の二文字が村岡を打ちのめしかけた。しかしそれは、すぐに歓喜へと変貌した。
 (やった……ッ! やったッ! これはミスざんすッ! ミスッ! ミスッ! 誤ロンざんすよ……ッ!)
 そう、断ヤオ九が消えてしまえば満貫に到達しない。よって北待ちはあり得ないのだ。
 赤木が手牌を組み終わってからすり替えた牌は、確実に左端の一牌だけだったはず。それ以外は手で隠したりはしていなかったから、前田が気づかないはずはないからだ。


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