主役不在-8
9.【狂騒】
(なぜ、なぜ切らないッ!? なぜ安牌が零れないッ!?)
八巡目。赤木が切ったのは五萬。またも村岡のヒントにはならない牌である。
村岡にしてみれば、手牌だけでなく、捨て牌候補までも全て見透かされているようだった。
決死の思いで切った六筒は、なんとか通った。しかしこの八巡目、村岡の捨て牌候補に残されたのは、先程通せなかった三、四索か、なんの保証もない四筒、それに、かなりの危険牌である五、八筒と八萬。あとは切るわけにはいかないヤオ九牌。いよいよもって、ふってしまいそうな気配も漂う状況だ。
(き、切れない……ッ! こんなの、どれも切れないざんすよッ!)
全てが危険牌だ。一億六千万円のかかった一打が、全て危険。
「……かはッ! かはッ!」
(あり得ない……ッ! こんなッ、馬鹿げたギャンブルなんて……ッ!)
村岡の泣きそうな顔は、すでに崩れそうな顔にまでグレードアップしている。
五、八筒は、普通に考えてかなり危険といえた。
なぜなら、赤木のすり替えがこれらで行われた場合、
?二二二222666???
または
?二二二222666???
となる。
他の牌では必ず単騎待ちになるなかで、これら二つだけはノベタンまたは両面の二面張となりうるのだ。
そのうえ、有効牌が二枚あるということは、赤木の配牌に入っていた可能性も他のものに比べて高い。
(こッ、これだけは切れない……ッ!)
そして、八萬。これもかなり怖いところである。
そもそも赤木がすり替えで待ちを変えたというのも、結局は村岡の予想にすぎない。そのフリをしているだけで、その実なにもしていないとしたら?
おまけに、ドラ牌のそれでもしふってしまえば、跳満にまで手が伸びる。その際に失う金は、1.5倍の二億四千万円。
(だっ駄目ッ! これも駄目ッ!)
一つ一つ、消去法で少しでも安全な牌を炙り出す。とはいえ、安全な牌などあるわけがない。
いや、だからこそ探すのだ。50パーセントより51パーセント、51パーセントより52パーセント、ほんの僅かでも、破滅の可能性が低い牌を。
(四筒……ッ!)
村岡の手牌に暗刻で存在する四筒。確率から言って、残りの一枚が赤木に入っている可能性は低い。
だが、これにはなんの保証もないのだ。片上がりで、もう片方で満貫不達成だから待ちづらいとか、そういう理が何一つ絡まない。それにもし、赤木がこちらの捨て牌候補まで把握しているとしたら、こんな四筒など最も待ちたいところではないか?
(これも……駄目ッ!)
ギリギリの思考は、消していった牌の中から残った三牌に目を向けた。
(三索、か……四索……)
そう、前述の通り、これらの牌は安全性が高いと言える。
しかし、村岡はこれが手離せないのだ。赤木の仕組んだ、三萬の種に心を縛られているために。
(だ、駄目……ッ! どれも駄目ざんす……ッ!)
こうなったら、指運に任せた一打を放ってしまいたいところだが、村岡にはそれができない。
常に安全を抱えた勝負をしてきた村岡には、それほどの度胸がないのだ。
(くそ……ッ、くそお……ッ!)