主役不在-7
確かにあれで、村岡は暗刻の牌の周りの安全性に気づいた。だがなぜ赤木は、わざわざそんなヒントを村岡に与えた? 安全だと思わせておいて、罠にかけるためではないのか?
(き、切れない……ッ! 危険牌だ、三索ッ!)
馬鹿げた考えである。たとえそうだとしても、あがれる牌が出る確率は三分の一。残りの三分の二の確率でフリテンになるのだ。いくらなんでもそんなに危ういギャンブルをするわけがない。
しかし、村岡にはその当たり前がわからない。完全に思考の泥沼にはまっているから。
安全牌と思える牌は、もう一種類あった。
六筒だ。
もし赤木がすり替えた牌が六筒だとしたら、
?二二二222666???
となり、当たり牌は六筒と九筒だ。だが、これも九筒ではあがれない。
なぜなら、断ヤオ九が消えるからだ。
とはいえこれも絶対的安全牌とは到底言えない。寧ろ、九筒は出ないだろうと察知している赤木に対して、危険牌とすら言えるかもしれない。
(六筒か、三索……ッ! どっちだ……ッ! どっちが通るざんすかッ!?)
考えても、考えても、答えのでない問題。不毛な堂々巡り。
やがて村岡は、一つの牌を掴んで、河に叩きつけるようにおいた。
「ど、どうざんすか……ッ!」
8.【本物】
村岡が六巡目に叩きつけるように切った牌――六筒を見て、赤木は軽く笑った。
「……通しだ」
右手の側に置いたタバコの箱から一本取りだし、火を点ける。
七巡目、そうしながら、またもノーヒントとなる六筒を合わせ打ち、村岡の顔を見やった。
村岡は傍目にも憐れなほどに狼狽えている。赤木は自分が戦ってきた雀士たちの表情を連想し、軽く笑った。
神域とまで評された赤木には、イカサマに頼った村岡の闘牌はとんだ虚仮に過ぎない。だが、土壇場で見せた強運のなかに、赤木は、かつての闇の王に通じるものを感じた。
瀬戸際で見せた国士無双――そこに、赤木はなにかを見た気がしたのだ。
前田を追い出して、五分のギャンブルに持ち込めば、力量の差で勝つ自信はあった。しかし赤木はそうしなかった。
それどころか、村岡の手牌を国士無双十三面待ちと看破しているにも関わらず、敢えて赤木は、捨て牌候補に大量にヤオ九牌の残る策を講じた。
それもこれも、全ては赤木の、自分でも抑えきれないギャンブル癖のためだ。
この策が通用すれば勝利、見破られれば敗北。赤木の根底にあるギャンブル好きの悪癖が、不確定要素に満ちた未来を選ばせた。
(さて……こいつが“本物”か、いなか)
勝負師として必要不可欠な“なにか”を、村岡は持ち合わせているか。赤木が試しているのは、まさにそこだ。
持ち合わせていなければ、村岡は多分、赤木の仕掛けた蜘蛛の糸に絡みとられ、全てを失うだろう。
だが、逆にもし、村岡に真の勝負師たる要素が覚醒していれば……。
(……いいさ)
七巡目、村岡は対子落としとなる六筒打ちだった。
赤木は次巡に切る牌をめくり、つまみ上げながら、口には出さずに呟いた。
(そのときは、ただ……死ぬだけだ)