主役不在-5
5.【安全】
考えてみれば、そもそも前田に手牌を晒したことがすでに怪しい。気づいていないわけがないのだから。
その上、こちらの待ちを国士無双十三面待ちだと看破している赤木が、わざわざ捨て牌候補にヤオ九牌を残しているのも不可解である。
さらに、あり得ぬドラ単騎。
なにが起こっているのかは明白だ。
先程から赤木がいじっている左端の牌、あれは本当に八萬だろうか? 例えばあれを前田に八萬だと思い込ませた後、巧みなイカサマ技術で別の牌にすり替え、違う単騎待ちに切り替えていたとしたら?
「……かッ、かはッ! かはッ!」
(こッ、こいつッ!)
慌てて切りかけた牌を戻す。そう、その赤木の策なら充分あり得るのだ。今村岡が手離しかけた牌、四筒での待ちが。
「へえ、気づいたか」
突然、赤木が言った。
え? と村岡は顔をあげ、次の瞬間には気づいた。自分が最後のチャンスを失ったことに。
「よかった。ゴミと打ってるってんじゃ、我が身が悲しくて仕方ない」
そんなことを言いながら、赤木はまず手牌を伏せ、捨て牌候補の牌も次々に伏せ始めた。やはり前田の裏切りには気づいていたのだ。
(あ……ああ……ッ!)
これでもう、前田は使えない。
「さあ、切り番だ」
右手でタバコを取りながら、赤木が言う。
一方、完全に策を失った村岡は、自分の捨て牌候補を見ながら、酒に酔ったように目の前の視界が歪むのを感じていた。
二打目。ひとまず村岡には安全牌があった。四萬である。
赤木は
八二二二222666???
の形から、左端の八萬をすり替えたはずだ。赤木がずっと手で隠していた左端の八萬ならともかく、その他の牌がすり替えられていたら前田が気づかないはずはないので、これは確かである。なので、もしそれが四萬だとすれば、最初に赤木が切った三萬も当たり牌に含まれてしまう。つまりフリテンだ。
急場は凌げる。しかしそれだけではこの後が続かない。
すでに確実に安全だと言える牌は、村岡の捨て牌候補にはない。
いや、あるにはあった。正確には四牌。九萬が一枚、白が一枚、北が二枚、これらのヤオ九牌である。
もし赤木がこれらの牌ではっていれば、役は立直、三暗刻、のみで満貫に届かない。なので断ヤオ九の消えるこれらは安全牌といえた。
しかし、村岡はヤオ九牌を切ることができない。なぜなら……。
(フリテン……ッ!)
そう、全てのヤオ九牌が当たり牌の村岡は、ヤオ九牌を切った時点で上がる権利を失ってしまうのだ。空前絶後、絶対の勝機を自ら手離してしまうことになる。
(頼む……ッ! 安牌を、安牌を切るざんす……ッ!)
四萬を河に置きながら、村岡は信じてもいない神に必死で祈っていた。
目の前の男のほうが、神域と称されているにも関わらず。