主役不在-3
2.【勝機】
十七歩、五回戦目。
親は赤木に移っている。
前回の勝負に使った牌を流し、ボタンを押して山牌を出す。
その動作の間も、村岡はいつ前田のことを指摘されるかと気が気ではなかった。
(いやざんす……ッ! こんな、馬鹿げた話ッ! あり得ない……ッ!)
いっそのこと、中止を申し入れようかとすら思ったが、しかし赤木が承諾するとは思えなかった。
先の四戦、赤木はその神がかった勘で、三好が見落としたかのように演出した当たり牌もかわし、一度もふることなく流してきている。そして、しびれを切らした村岡が全くの嘘を三好につかせた勝負ででたのが、先程の打八筒だ。
村岡は、前田のおかげでこれまでふらずにきているが、もちろんそれは村岡の能力などではない。
五分の条件でどちらが有利かは、火を見るより明らかだ。
(なんで……ッ! 善良なワシがこんな目に……ッ!)
もともと村岡は、絶対に勝てる勝負しかしたくない、いや、できない男である。パニックになるのも無理からぬ話であった。
そんな村岡の様子など知らぬげに、赤木は山牌を二つに分け、ドラ表示牌(七萬だった)をめくった。山牌を開く前に、前田を指摘するのだろう。
だが、その村岡の予想は、意外な形で裏切られた。
(え……?)
赤木は、まるでなにも気づいていないふうで、砂時計を持つ。
「じゃあ、行くぜ」
(……ええ?)
赤木は砂時計をひっくり返すと、二つに分けた山牌の両端に指をかけ、それをゆっくりと持ち上げ始めたのだ。
(まさか……ッ!)
そのまさかだった。赤木は、まだ前田が後ろにいるにも関わらず、自分の手牌を開けた。
「……!」
(な、なにぃッ!?)
さらに次の勝負にまで賭け金を釣り上げるつもりなのか、それともまさか、裏切ったのは三好だけで、前田はまだ味方と思っているのか。なにが起こっているのかはさっぱりわからないが、とにかく赤木が手牌を見せたことは事実である。
(き……きたあッ! やった! やったざんすッ!)
数秒前とは百八十度変わった歓喜に包まれる村岡。そのため村岡は、まだ気づいていなかった。
自分の手牌に起こっているある状態に。
3.【必勝】
(やった……ッ! やったざんす……ッ!)
まさかのイレギュラー、赤木が手牌を晒すという幸運に狂喜する村岡だが、とはいえそれが即勝ちというわけではないことは、村岡自身がよくわかっていた。
あがらなければならないのだ。
相手の当たり牌を避けるだけでは勝負がつかない。それに加えて、相手が自分の当たり牌を切らなければ勝ちにはならない。
しかもそれは、完全に運次第である。
満貫縛りというルール、それがネックだ。この条件がこの十七歩というゲームの難易度をあげている。
この満貫縛りというルールは、簡単そうに見えて難しい。メンタンピンにドラでも絡めばクリアだが、そもそもドラ牌がなければそれもできない。ドラの単騎待ちのような薄い待ちになることだって往々にして有りうるし、最悪の場合、どうやっても満貫が作れない場合だってあるのだ。
その不運がここで巡れば、このイレギュラーの幸運も水泡に帰す。
だが、それはなかった。いや、なかったどころか、村岡の運はそれとは真逆のベクトルを向いていた。
(これは……ッ! まさか……ッ!)
三十四つの牌から、それに使う牌をかき集める。手牌に十三牌集めて、理牌し、何度も確認する。
そして間違いないことを確信して、村岡の狂喜は絶頂を迎えた。