主役不在-2
1.【神域】
賭け金は八千万円まで膨れ上がっていた。
村岡隆は、その泣き出しそうにまで焦燥した表情を隠そうともしていない。相対する男の気迫に、完全に飲まれている。
「クククッ。どうしたよ? 随分と苦しそうじゃねえか」
村岡の対面に座るのは、神域とまで評された稀代の博徒――赤木しげる。
もうかなりの高齢ながら、全く老い衰えた様のない聡明なその姿は、明らかに村岡とは格が違っていた。
実際、ギャンブルにおいての才覚は、村岡では遠く及ばないものであろう。だがそれでも村岡は、本来なら勝てるはずであった。
相手が凡人、いや、凡人とはいわないまでも、常人であったなら。
「これで、最後だ」
十七巡目。赤木はそう言いながら、八筒を切る。
その瞬間、村岡が抱いていたいやな予感は確信へと変わった。
「……かはっ!」
(こ、こいつッ! やっぱり、気付いてるざんすか……ッ!?)
そう。赤木が切った牌は、村岡へのメッセージにもなっていたのだ。
村岡の後ろにいる、赤木のカベ役の三好は、この勝負が始まった時、確かに赤木にこう伝えたはずなのである。
――『村岡の当たり牌は、二、五、八筒と白』
にも関わらず、赤木は平然と八筒を切った。
つまり――
(気付いてるッ! 三好が、“こちら側”だと……ッ!)
相手にカベ役を与え騙されているフリをしつつ、自分は本当のカベ役を持ち、騙し勝つ。それが村岡の基本的戦略だ。
しかし、三好の嘘が見破られたということは、それが半ば崩壊したということである。
「どっちだ?」
いきなりそう言われ、村岡はなんのことだか解らずに「へ?」とまぬけな声を出した。
「通ったのか、通らねえのか」
「あ、ああ」
無論、当たり牌ではない。村岡はこの勝負で切り上げるために、三好には全く嘘をつかせたのだ。
「と、通るざんす……」
赤木は当然だというように微かに笑うと、右の手元にあったタバコの箱を手にとり、一本取り出して銜えた。
「じゃあ、次に行こうか」
タバコの箱を卓の上に戻し、手元の牌を自動卓の中にいれる。
次戦、つまり一億六千万円の勝負。村岡には未知の金額である。その上、次の勝負の前に、赤木は間違いなく村岡のカベ役の前田を指摘するだろう。つまり勝つ保証のない、五分のギャンブルということである。
(五分……!? い、一億六千万!?)
「かは……っ!」
(バカな……! バカな、こんな……っ!)
通常、村岡がこの十七歩を行うときは、せいぜい四千万円が最高額であった。それも勝つ保証があるからかけるのであって、五分のギャンブルができるのは、百万円がいいところ。村岡は本来、その程度の男であった。
それなのに、一億六千万円のギャンブル。完全に村岡の分を越えている。
おまけに向かい合うのは、百戦錬磨の博徒すらおそれる伝説の男なのだ。
(こんな……こんな……! 望んでないッ! こんな勝負、望んでないざんすよッ!)
村岡の顔は、もはや崩れそうな表情と化していた。