『It's A Wonderful World 1 』-1
重苦しいドアを開ける。
すえた臭い。
差し込む西日に、舞うホコリ。
防音の壁に囲まれた狭い一室。
西日が差し込んでいるのはこの部屋ではない。
さらに奥。
そこは畳のひかれた、やけに落ち着く場所だった。
広さは六畳ほど。
真ん中に黒いテーブルが置いてある。
辺りに散らばるのは、マンガやCD。
いまや旧世代の遺物となったファミコンまである。
ここはかつて放送室と呼ばれていた。
でも、お昼の放送なんて誰も聞かなくなり、職員室に校内放送用のマイクが設置されてから、ここは誰にも必要とされない場所となった。
だから、僕たちの場所にした。
便宜上、放送部なんて名乗ったりして。
でも、活動は皆無。
僕以外の部員は全員掛け持ち。
いわゆるたまり場だ。
学校という公共の施設の中に、僕たちは堂々と聖域を作ることに成功したんだ。
僕は、畳の上にカバンを投げ出すと、乱れた呼吸を整えようとした。
別に激しい運動をしたわけではない。
担任が遅れたせいで、いつもより長引いたホームルームを終えると、僕はまっすぐここへ来た。
その途中で全力疾走したわけでも、うさぎ飛びで来た訳でもない。
ただ一言、声をかけられただけだ。
―また明日ね。
たったそれだけ。
でも、その子にそう言われただけで僕は体中の血管が破裂しそうなほど真っ赤になり、心臓はビッグバンを起こしそうなほど高鳴り、全身からダムが決壊しそうなほどの汗を流した。
そりゃ、息も切れる。
物凄くキモいと思うのですが。
僕、恋をしてるんです。
なぜに敬語なのか。
よくわからない。
ただ、恋してるとか!!
マジで……。
できることなら、一文字変えて。
鯉してる。
とか、鯉のマネしてる頭がアレな感じの方が何倍もマシだ!
ああ、こんな自分にギガ嫌悪感。
日本語が怪しくなってきたので、深呼吸。
別に恋をするのは不自然なことじゃない。
17歳の高校生だし。
周りには付き合ってる奴らもいっぱいいる。
でも、なんでこんなに自分をキモいと思ってしまうのか。
ぶっちゃけ、キモい男世界選手権なんてものがあったら、ぶっちぎりで日本代表になった挙句に、ぶっちぎりでチャンプの座について、幾度のタイトル防衛戦に勝ち抜いて、歴史に残る偉大なキモチャンプに……。
そんな時、放送室のドアが勢いよく開かれた。
もう少しで戻って来れなくなる寸前で、妄想から現実に引き戻された。
でも、ドアを開いた人物に感謝する気はない。
「聞いてくれ、シュン!!!」
部屋に入ってくるなり僕の名前を叫んだのは、大男だった。
天井に頭が付きそうなほど高い身長。
入ってきただけで部屋が息苦しくなるほどの威圧感。
太い眉毛に、剃っても二時間後には生えてくるという不精ひげ。
ゲタの裏側みたいなゴツイ顔を歪ませて、男は叫んだ。
「さっき、会ったんだ! そこで!」
「とりあえず、落ち着け、アキヒロ」
男の名前は島村アキヒロ。
応援部兼放送部所属。
僕の友達の一人だ。