『It's A Wonderful World 1 』-4
「ばっか、元からだって!」
アキヒロが照れたようにマユゲを隠す。
元からなら、なんで隠すんだ。
つうか、抜いたアト赤くなってるし!
そもそも似合ってねえ!!!
胃がギリギリする。
「そうだ。元からだった」
それでも、僕はあくまでクールだ。
「どうしたアキヒロ? やけに機嫌いいじゃん」
「まあな」
たしかに今日のアキヒロは機嫌がいい。
憧れの鮎川朱音のパンチラでも見たのだろうか。
いやいや、そんなもん見ればアキヒロのことだ、ヨダレだの鼻水だのを垂らしまくって、いつもの狂気?乱舞した挙句に失禁して、体中の体液を全部流して干からびた死体となって発見されるに違いない。
それでも仕方ない。
恋をしているのだ。
僕と同じように。
僕もきっとあの子のパンチラを見たら、同じように干からびて世にもキモいミイラとなって、キモミイラはサンシャインとかに展示されて、世間の話題を呼んで…。
ダメだ。いっそ今のうちに死のうか。
「ふふん、何しけた面してんだよ、シュン。チェリーボーイ丸出しだぜ」
その一言が僕の逆鱗をベタベタと触れまくった。
「なんでそこでチェリーボーイが出てくる!?」
「おお、シュンが熱くなった」
なぜかマサキが嬉しそうな声をあげる。
「お前と俺では埋めることのできない差ができてしまったのさ」
「ほほう、どんな差だ。この僕とミジンコのようなお前との間にある差とはなんだ!?」
僕はこめかみがビキビキと音を立てるのを感じた。
いや、ありえない。
このアホに限ってそんなことはない。
こいつは30歳まで童貞で魔法使いになってしまう、そんなファンタジスタのはずだ。
いつの間にか、僕は完全にクールではなくなっていた。
「実はさっきな」
オホン、とアキヒロがわざとらしくセキをする。
「朱音と1時間もお喋りをしてしまいました!!!」
「それで?」
そんなことはどうでもいい。問題はその後だ。
「以上!!!」
アキヒロは誇らしげに言い切った。
つまり、こいつはアホなのだ。
「そうか」
僕はクールな自分を急速に取り戻していた。
つうか、チェリーボーイ関係ないし!
とかそんなことはどうでもいい。
生徒会のなんとかさんとお喋りをしただけで、初体験を済ませた気になってしまったのだろう。
むしろ可愛らしいではないか。
目の前のバカが髭の生えた無垢な乙女に見えてくる。
いやいや、見えてくるわけないけど。
「でも、あの鮎川さんと1時間も会話できるって何気にすごくね?」
そんな時、マサキがまたしても余計なことに気づいた。
何が余計って、僕も思ってしまったのだ。
たしかに…、と。
「まあな。朱音が落ちるのも時間の問題だな」
誇らしげなアキヒロ。
確かにあの人気の高い鮎川朱音と1時間も会話するなんて。
俺の知っているアキヒロに出来る芸当ではない。
なぜならアキヒロという男を、今読んでいたマンガ「ドラゴンボール」に例えるならば、登場人物ではヌルい、ピッコロ大魔王に蹂躙される都の人々その1レベルなのだ。
そんなアキヒロが。
10年くらい経ったら、公園とかで暮らしているであろうアキヒロを、うちの庭掃除とかで雇ってやろうと思っていた。
そんなアキヒロが。
「僕を、超えるというのか…」
「どうした、シュン?」
アキヒロがツヤツヤした顔を向ける。
まぶしかった。
むしろアキヒロさんと呼ぶべきなのか。
そういえば、いつのまにか鮎川さんを朱音と呼び捨てにしているし。