『It's A Wonderful World 1 』-3
時計が午後5時を告げる。
カーテンから漏れる薄い夕焼け。
僕は放送室でマンガを読みながら、今日を振り返る。
「またもや、1日を無駄に過ごしてしまった」
くだらない独り言。
「だったら、部活でもバイトでもすればいい」
でも、そんな独り言に答える声がある。
畳の上に大の字に寝そべり、週刊誌を拡げる男。
だらしなくはだけた学ランからは派手な色のTシャツが見えた。
寝そべっているせいか、やたら足が長く見える。
「僕はそういうのはしない」
「なんで?」
聞き返す男は、顔を上げた。
男の髪型は変だった。
四方八方に髪を立てている。
まるで地図記号の工場マークみたいだ。
「キツいの嫌いだから」
相変わらず変な頭。
そんなことを思いながら、僕はマンガに目を戻す。
「お前って奴は…」
根本マサキ。
ラグビー部兼放送部。
耳にピアスまでつけているこの男も僕の友達だった。
どう見ても不良。
「あんだよ、お前だって部活サボってジャンプ読んでるじゃんか」
「バカ、今日は部活休みだ」
「そういう日にこそ自主練だろ」
僕たちはお互いにマンガを読みながら会話を続ける。
「そういや、アキヒロはどうしたよ?」
「知らないけど。むしろ、最近のアキヒロどうよ?」
「ダメだろ」
マサキもわかっているらしい。
そう、アキヒロはダメなのだ。
「でも、お前はもっとダメだ」
「なんでだ」
不意にダメだしを食らう。
それでもムカつきはしなかった。
マサキは僕をバカにしているわけではない。
なんとなくだけど、そう思ったから。
「毎日、毎日ぐーたらぐーたら。本当のお前はそんな奴じゃないはずだぜ、シュン?」
「いや、僕はそんなもんだって」
僕が読んでいるマンガは、あんましおもしろくなかった。
「マジかよ、この草食ボーイ」
マサキはおどけた仕草で両手を広げた。
ていうか、草食ボーイってなんだよ。
そんな時、テーブルの上に置いてあったコーラが揺れる。
地響き。
「なんか地面揺れてね?」
マサキが起き上がる。
「どうせどっかのバカがスキップでもしてるんだろ」
そう、こんな地響きなど日常茶飯事だ。
とある大質量が嬉しさを表現する際に起こる自然現象だった。
「オッス、シュン! 今日も無為な一日を過ごしているか!?」
入ってくるなり、アキヒロは僕をバカにした。
「ああ、そうだな。今日も無為な一日だった」
でも、僕は大人なのでバカの挑発には乗らない。
ていうか、変な臭いがした。
「なんか臭くね?」
マサキが顔をしかめる。
「臭いな。アキヒロが」
二人でアキヒロを見る。
「ふふ、ちょっとフレグランスをね」
キモいわ。
今日もキモいわ。
僕は胃がキリキリと痛み出すのを感じた。
ていうか、フレグランスって!?
なぜに英語だ!? あれ、フランス語だっけ?
なんでもいいけど。
「そうか」
心の内はどうあれ、僕はあくまでクールを装う。
バカに付き合ってはいけない。
「あれ、アキヒロ。なんかお前マユゲ細くね?」
マサキがいらんことに気づく。
入ってきたときから、僕も気づいてはいた。
でも、認めたくはなかった。