『It's A Wonderful World 1 』-2
「これが落ち着いていられるか! だって、マジで、マジで…」
ぐっとアキヒロが力をためる。
「かわいかったんだあああああああああぁさsdcかsfd!」
窓ガラスが割れそうな大声だった。
よほど興奮しているのか、最後の方は何を言っているのかよくわからない。
「何がだよ…」
アキヒロがこいつマジかよ…といった顔で僕を見る。
「鮎川朱音に決まってんだろ!?」
鮎川朱音はうちの学校の生徒会副会長だ。
そのわりには、真面目でも、しっかりした感じでもなく、のほほんとしたかわいい系の女の子だった。
ぶりっ子で天然。
しかも結構かわいいので、校内には彼女のファンが多い。
残念なことにアキヒロくんもそんなファンのうちの一人だった。
「ああ、かわいいよ、鮎川さんかわいいよ」
そう言いながら頭を抱えてアキヒロは身悶える。
びちゃびちゃと畳に垂れたのはアキヒロの涎か。
とりあえず、この畳はあとで焼却しなくてはと思う。
「病院行こうか。アキヒロ」
目の前で狂気に犯された友人を救うにはそれしかない。
「なに!? 生まれてから一度も風邪を引いたことのない俺がなぜ病院に!?」
友人は自爆して自分がアレなことを証明していた。
とにかく、この男も恋をしているのだ。
僕と同じだ。
「にしても、かわいかったなあ、鮎川さん。殺人的だろあのかわいさああああああ」
言いながらアキヒロが壁に頭を打ち付ける。
日本人離れした応援団のアキヒロの頭突きを食らった壁はみしみしと音を立て、上の階にいる奴らは突然の地震に身をすくませているに違いない。
アキヒロの頭からは赤いものがにじみ出ていた。
それでも、なおアキヒロはカワイイカワイイと不気味に連呼しつつ、壁に頭を打ち付ける。
思うのだ。
恋をするのは悪いことじゃない。
むしろ自然なことだ。
でも。
僕も、こんなんかと。
若さゆえの何かを壁にぶつけるアキヒロに目をやる。
そりゃキモチャンプは永遠に語り継がれますよ、と。
あの子に会ったのは去年の春。
美術室。
美術は選択科目で、違うクラスとの合同で行われる。
僕は、つまらんと思いながらツボだかなんだかの写生をしていた。
そんな時、頬に風を感じた。
ふと、横を見た時。
彼女がいた。
例えるならそれは、通り雨。
全く予想していなかった感情だった。
初めはそれが何なのか、僕にはわからなかったんだ。
ああ、隣の席で絵を描いている女の子がいるな。
感想はたったそれだけだった。
でも、僕は美術の時間になる度、彼女のことが気になり始めた。
なんとなくだけど。
それが始まりだった。