……タイッ!? 第一話「守ってあげタイッ!?」-19
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――理恵さん、怒ってないかな?
グラウンドで一人、紀夫は悩んでいた。
本来なら今日も理恵の補習に付き合っているはずだった。
行為の後、理恵は送られることを拒んだ。当然といえば当然だが、「また後からされちゃこまるからね、うふふ」と笑われると自分の行為がいかがなことか伺えるというもの。
原因は理恵にあるとはいえ、三度目は明らかに無理強いをしていた。
これではレイプする側が陸上部男子からマネージャーに代わっただけのこと。それはつまり、里美との約束を反故にするのではないだろうか?
「なにぼーっとしてんのよ。ほら、早く洗濯物! それが終わったら倉庫からハードル持ってくる、早く!」
「は、はーい!」
そんな葛藤を知らない綾はマネージャーにサボるなとばかりに号令をかける。一方紀夫はこれ幸いと部室棟へとしけこむことにする。
さすがに昨日の今日で理恵に会うのは心苦しく、今日は里美にもあまり話しかけなかった。もちろん何時までも逃げおおせることではないが。
部室棟の隅っこで洗濯機を回す。普段の練習ぐらい学校指定のジャージでよいのではと思う彼だが、昨日感じた理恵は意外と汗の匂いがした。
思春期、性長期にある自分達の新陳代謝は活発で、自分では気付かずとも他人と肌を合わせる距離になると気になるものということを知った。つまり、ジャージは頻繁に洗えないから、そのためにユニフォームを着用しているのだ。
ただ、彼はお風呂で汗を流した後、理恵の残り香が無くなるコトを寂しいと思う気持ちもあった。
――ヘンナノ……。
「あ、ここに居たの?」
背後から声。振り向くとユニフォーム姿の理恵がいた。
フンワリしたポニーテールを揺らし、少し大きめな眉をゆがめているところを見ると、その怒りが見て取れる。
紀夫は昨日のことを言われるのだろうと身を硬くする。
「んもう、なんで来てくれないの? おかげで今までかかっちゃったよ」
しかし、彼女の怒りは別にあったらしく、どこか笑いながらズイズイと彼に近寄ってくる。
「ゴメン」
鼻をちょんと弾かれるとくしゃみがでそうになる。
「いい? ノリチンはあたしの家庭教師でもあるんだから、ちゃんと来てくれないと困るの!」
「はあ……。ていうか、ノリチン?」
「だって紀夫だもん、だからノリチン。いいと思わない?」
あだ名をつけられることは往々にしてある。ただしそれらは「ノートン」だの「代打」だの陰口に近いものしかなかった。その意味、「ノリチン」は悪くない気がした……が、
「紀夫は元気なチンチンだからノリチンね」
「……え?」
指を立てて得意気になる彼女に、紀夫は眉をしかめる。
「ちょ、やだよ、そんな名前。今までどおりマネージャー君でいいじゃん」
「あら、昨日はあんなにがんばってくれたのに?」
幼い雰囲気を纏う彼女の下からの上目遣いは、意外にも大人びていた。
開いた首から胸元が覗ける。今日は灰色のスポーツブラで、ちんまりした膨らみに突起が見えた。
喉をゴクリと鳴らすと「えっちぃ」と笑われるが、それでももう少し見ていたいと思う彼がいる。
「それにぃ、今までの関係なんかむりじゃない?」
「そう? そうだね……」
「だから、ね!」
急に理恵の顔が上がると、そのまま柔らかい唇で反復授業。目を丸くするところを見られたのならきっと補習決定。
「んふふ、まだまだ甘いね……ノリチン。あたしグラウンド行ってるから……」
彼女は唇を手で押えながら走り出す。それはきっと彼女なりの照れ隠しなのだろうと思いつつ、紀夫もそれを反芻していた。