ヴァンジュール〜主役不在篇〜-1
少年は苦悩していた。この手で親友の両親を殺してしまったからだ。どう、けじめをつけるべきか。これから、どう生きていくのか。考えて、考えて、考えてぬいた結果、一つの結論に達した。
『復讐』。たった二文字でも、限りなく重いもの。それしかなかった。
その時から彼は黒い服しか着なくなった。
※※※
その少年は頭を抱えて、悶えていた。苦しんでいた。親友と信じていた者に両親を殺されてしまったからだ。オレはどうすればいい? どうすれば、未来へ行ける? どうすれば、前に歩ける? 一年間ただそれだけをひたすら考えた。そして、結論が出た。
『復讐』。たった二文字。でも、一人の人間より重い。その方法以外道はなかった。
その時から彼はこの世――人間の世界から消えた。
※※※
少女は考えることを止めていた。もし何も考えないことを『死』と呼ぶのなら、まさにその状態だった。見ず知らずの男に家族を、両親を、妹を殺されてしまったからだ。何も考えたくない。何もいらない。必要ない。そんななか、頭をよぎった二文字の言葉。
『復讐』。たった二文字なれど、どんな思い出よりも重い。それしか前を向く方法はなかった。
その時から彼女は信じることを止めた。
『ヴァンジュール〜主役不在篇〜』
「嫌! 絶対嫌!」
劇団夕暮れの面々は劇場『疾風(しっぷう)』の楽屋でまたため息をついた。主役の柳谷稜子(やなぎやりょうこ)が主役を演じられないと言い始めたのだ。気持ちはわからなくはない。これから公演する劇場『疾風』は不吉な噂があるからだ。
『この舞台で主役を演じると死ぬ』
劇場『疾風』は別名『主役不在になる劇場』とも言われている。だから、稜子の言い分もわかる。だが、主役がいなければ、演劇舞台として成立しないし、なによりプロとしてやってもらわねば困る。
「だったら、専門家にお願いしないか?」
脚本家の松本龍真(まつもとたつま)はそう言うと、劇団の面々は訝しそうな顔をした。専門家? なんの? そういう顔をしている。
「知り合いにいるんだ。そういうのに詳しい奴が……」
※※※
青葉蓮(あおばれん)探偵事務所の所員の一人――といっても二人しか居ないのだが――影沼楓(かげぬまかえで)はこれ見よがしにため息をついた。もちろん椅子に座って、うたた寝している青葉蓮にむかって……。
今月もギリギリの生活か。
そのため息は諦めにも似ていた。今月も給料はほとんどない。テレビドラマやマンガなどの影響からか、依頼人よりも探偵になりたい、といってくる人のほうが多い。確かに依頼人の数は少ないが、ギリギリの生活になるわけではない。青葉蓮の態度に怒って断ったり、青葉蓮が仕事を選んだりするから案の定というべきか、ギリギリの生活になってしまう。その本人はうたた寝を勤しんでいる。頭が痛くなる。この青葉蓮という男、普通にしてればイケメンとして通用する顔を持ちながら、性格やファションセンス――いつも黒のスーツを着ている――が悪いため、誰からも好まれることはない、と思う。
「来るな! 来るな」
自分の心配をよそに、寝言をいう青葉蓮にまたため息をついた。すると、昔ながらの黒電話がベルを奏でた。久しぶりの依頼人かもしれない。そんな多少嬉々とした気分で受話器をとった。