ヴァンジュール〜主役不在篇〜-3
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夜。時刻は深夜の時間帯。青葉蓮と影沼楓は劇場『疾風』に忍び込んでいた。
「楓君、幽霊ってどういう存在だっけ?」
舞台に上がりながら、質問してくる。いつもと違い真面目な雰囲気を漂わせつつ……。
「人間とは別軸上に存在していますが、立派な生物です」
「そうだね」
黒のスーツの懐から闇に溶けるような漆黒の手帳を取り出し、一番最初のページを開き、そこに五芒星を描き出した。
「そしたら、まずそいつらと同じ軸に行こう」
手帳に描かれた五芒星が回転し、光り、そして、また闇に包まれた劇場があらわれた。先ほどと変わった様子はない。二人の前にあらわれた人以外には……。
純白なドレス、豊満な胸、肩に掛かる黒髪、そして、どこか幼さが残る顔。そう。そこには、女性が立っていた。
「キミは、以前に舞台で死んだのかな?」
「そう、ね。私は舞台で死んだ。殺されたのよ!」
「というと?」
始まった。影沼楓はそう感じていた。彼ら――幽霊を成仏させるには、段階があり、まずこうやって交渉から入る。上手く交渉し、成仏するように導く。立てこもり犯に対して交渉する交渉人がイメージしやすいかもしれない。だが、これによって成仏させることはほとんど少ない。立てこもり犯と同じように冷静さだったり、理性を失っていることが多いからだ。そういう場合は、『強攻突破』をするしかない。今回の場合は『強攻突破』をする必要がない、と思う。
「なるほど。つまりまとめると、キミは主役の座を奪われた。悔しい思いを持ったまま死んでしまった。だから、主役の人に悪さをしている。そういうことかな?」
「そうよ! 主役を演じている人なんて死んじゃえばいいのよ! たかが脇役じゃない! 主役には遠く及ばない存在なの! わかる?!」
「わからないし、その考え方がおかしい」
小さく、だが、感情の籠もった声で言った。
「そもそも人間はその人自身が主役になる。キミだって、僕だってそうだ。周りの人は脇役に写るだろう。でも、周りの人から見ると、キミは脇役になる。舞台の脚本がおかしいんだ。皆自身が主役なのに、一人だけ主役を決める。こんなおかしな話はないだろう。舞台に主役なんて存在は居なくていいんだ!」
影沼楓は驚いた。正論とは違うものの、――臭い台詞だが――真面目なことを言うのが稀有だからだ。こんなことを言えるなら、一生真面目な人で居てほしい。そう思わずにはいられなかった。