Wait For You〜N.Side〜-1
『あなたと一緒は疲れたの。だからサヨナラ。』
何の前触れもなくして私は部屋のテーブルに紙切れと部屋の鍵を置いて大好きだったあの場所を去った。
外はもうお日様も落ちてオレンジ色の空。
だけど私には霞んで見えて溢れる涙と溢れる想いをぐっと押さえて私は歩き出した。
しばらく歩いて近くの駅に着く。
同棲していたので私だけの帰る場所はない。
なので、とりあえず実家に連絡して暫く帰るとだけ先程、告げた。
私はまとめた荷物を駅の椅子に置き、切符を買ってから荷物の隣にちょこんと座った。
暫くすると電車が到着したお知らせアナウンスが流れた。
『次…だもんな…』
小さく独り言を言う私。
俯いて、薄手のパーカーのフードを深く被って、今から電車から降りた人達が改札口を通ってきても、私の顔が見えないようにした。
ザワザワとたくさんの音と共に無数のヒトが改札口を我よ我よと押し通っていく。
(早く誰もいなくなれ…!)
そう思った時だ。
『あれ?夏稀じゃん偶然っ♪って…アンタ…そんな荷物抱えて何処行くのよ?』
『ぁ…。』
聞き覚えのある声に思わず泣き腫らした顔を上げてしまった私。
『ちょ…何?その顔…ってか…アンタ…え?別れた…感じ?』
栗色の肩まで伸びたパーマ髪を揺らして心配そうに私の顔を覗き込む彼女は私の職場の先輩。私の信頼し尊敬する大切な大切なヒト。
『別れちゃいました…っ!やっぱり同棲してると色々ありますね〜。』
そう言って平気なフリをして笑ってみせる私。
笑顔なら自信があるから…大丈夫だよね?上手く笑えてるかな?
『ちょ…アンタ…話なら聞くからちょっと…』
先輩が話の続きを言おうとした瞬間、私が乗る電車の改札受け付けが始まったアナウンスが流れ出す。
『あ、電車来ちゃったんでまた今度、時間あるときに先輩にお話しますね〜』
そう言って私を心配する先輩の声を遮って荷物を抱えて私はその場を去った。
正直、私は安心した。
あのタイミングじゃなければ私は先輩に捕まってしまう。
電車に乗り込み席に座る。
大きな溜息と共にまた、涙が溢れた。
本当はあの家であの人の帰りを待ちながら頑張ってご飯を作って、帰ってきたら“おかえり”って迎えて、一緒に過ごして、お風呂に入って体を洗い合って、眠る頃には愛し合っていた筈なのに。
『愛してる?』
昨日の夜の快楽の途中に投げ掛けられた彼からの疑問。
なんの迷いもなく『愛してるよ』って返せた昨日の私はもういない。
目的の駅に着き私は重たい荷物を抱えて電車を降りた。
タクシーを拾うために駅の外に出る。