プラトニックラブ2-1
「もう満開に近いですね」
山川亜季がコーヒーを置きながら言った。
窓の外を見ると桜が見事に咲いていた。
3月とは思えないほどの気温が続いたため、今年は平年よりも桜の開花が早かったらしい。
自分のデスクに置かれたいれたてのコーヒーを一口飲み、一息ついた。
「美味しい。ありがとう」
「インスタントですけどね」
亜季が八重歯をのぞかせて笑った。
亜季の笑顔は特徴的で、何度見てもホッとする。
もう一口コーヒーを含み、ゆっくりと苦みを味わった。
「またですか?」
彼女が私の手元にある資料を見て言った。
私は頷き、小さくため息をついた。
そう、まただ。
手元にある資料に目をやり、意を決していつものように彼を呼んだ。
「小林くん。ちょっと来てくれる?」
私の呼びかけを聞いて、一人の男がゆっくりとこちらに歩いてきた。
男は私の前に気だるそうにたった。
暑さからかワイシャツを腕捲りし、手にはボールペンを握っていた。
「昨日出してもらった資料なんだけど、打ち間違えがあったわ」
男に突き返すように資料を渡した。
男は左手で受け取り、小さな声で「すみません」と言った。
「先月も同じミスしてたわよね?」
カチッと男の右手から音が聞こえる。
「何回も同じミスしないで」
男は下を向いたまま返事をしない。
「聞いてるの?」
返事はないが、カチッともう一度ボールペンの音が聞こえた。
「もういいわ。今すぐ直してきて」
体を背け男に言った。
カチッとまた音を鳴らし、男はゆっくりと私の前から去った。
「相変わらずの態度ですね」
隣にいた亜季が少し怒りながら言った。
私は小さく笑い、仕事にとりかかった。