SQUALL-1
ザー…
ものすごい音をたてて、突然雨が降ってきた。
夕立かぁ、傘持ってきてないのに…。
ふてくされながら取りあえず生徒玄関へ向かう。時間は五時半。七月なのでまだまだ明るい。
靴を履き替え、軒下に出ると、そこに見覚えのある背中があった。
早鐘のように打つ心臓
胸の辺りが息苦しい…
「…佑(たすく)」
振り返るその人。
「おう…」
一年の頃と変わらない笑顔で彼は笑った。
彼、西佑は私の一番の友人であり、仲間であり…大切な人だ。もともと男勝りな所がある私は男子とも何の気兼ねもなく話せたが、一際仲が良かったのが彼である。
私達が一緒になればうるさいとか問題を起こすとか、よく先生にからかわれたものだった。
でも。
それはたった一年で終わってしまった。
二年になると同時に、佑とはクラスが別れたのだ。話すこともほとんど無い日々が続いた。
どんなにつまらない日々だったか。
どんなに話したかったか―…
「久しいね」
私は彼の横に並んで空を覗いた。いつ止むんだろう?まだしばらく降るといいな…
そうしたらもう少し一緒にいられる。
「クラス別れたからな。元気か?」
「うん」
ザー…
雨の音が大きく響く。
「なんだ、もしかして傘忘れたのか」
「ご名答」
私は肩をすくめた。
「相変わらずだな、未紅(みく)は」
苦笑して佑が手を突き出す。その手には傘。
「ほら、使えよ」
「え、いいよ。てゆか傘持ってるのに、なんで雨宿ってんの?」
ああ、と佑は視線を逸らす。嫌な予感がした。私に視線を戻し、彼は言う。
「…彼女、待ってんだ」
――え…?
頭が一瞬で真っ白になった。
なんて言ったの?
うそ…どうして…
「そ、そうなんだ。初耳だよ〜」
私は笑った。そう、笑わなくちゃ。大丈夫、平気だ。
「ちゃっかり彼女作っちゃって、こいつー」
苦しくなんてない。無理なんてしてない。私は強いもの…
「なんだよ、未紅だって岩見と付き合ってんだろ?」
「何言ってんの、付き合ってないよー。そんなデマ、誰が流したのよ」
「…え?」
驚いたような声。でもまともに顔が見られず、彼の表情までは分からない。
目の前がぼやけている。
泣かない。泣きたくなんてない…のに…
「あ、やだ、私邪魔だね。ごめんね、じゃ!」
私は降り続く雨の中に飛び出した。
「あ、おいっ、未紅!傘!」
私はその声に、背を向けたまま立ち止まる。
「…彼女いるんだから、ちゃんと『松岡』って名字で呼ばなきゃダメだよ、西」
努めて明るい声で。
泣いているのを悟られぬように。
そして私はまた雨の中を走って行く。冷たい雫が髪を、頬を、肩を濡らした。
もうこれで私の涙なんか分からない。だから今だけ…もう少しだけ…
そんな私を嘲るかのように、スコールは次第に弱くなっていく。西の方には雲の切れ間。そこから光の帯が伸びている。
ああ、泣くことすら許されないのか…
私は涙を拭い、空を見上げた。大きな虹が私を見下ろしていた。
(大丈夫よ)
自分に言い聞かせる。もう忘れるんだ、そう決めたから…