主役不在-2
「葉子先輩、エマ先輩電話出ました?」
答える代わりに首を横に振る葉子先輩。
「そうですか…」
そうこうしている内に、吹奏楽部の演奏はラストの曲を奏で始めました。
「そんな、どうしよう…エマ先輩〜頼みますよ〜、戻ってきて下さい〜」
オズの魔法使い役の佑樹がワシワシと頭を掻きました。こいつにとってはこれが初めての舞台となるのです。
この日のために佑樹はものすごい練習をしていたのを、僕は知っています。
「きっと大丈夫…」
佑樹のでかい体を麻紀がポンと叩きました。
それでもやはりどこか不安げで、佑樹も頷いたはいいものの麻紀の言葉で焦りが無くなりはしないようでした。
「すみません部長!外にもやっぱいないっす!」
脳ミソが欲しいカカシ役の二年生の諒先輩が雪崩れ込むようにステージ裏に入ってきました。
こちらもやはり肩で息をしています。
「健太、中は?」
「ダメだ」
「どこ行ったんだよ、エマ〜」
匠先輩もさっきから神経質そうに眼鏡を直しています。
「開演まで3分切ってしまいましたよ!」
諒先輩は落ち着きが無く、僕らの間を縫うように行ったり来たりしています。
「私達には何も出来ないのかな…」
僕の隣で麻紀が悲しそうに呟きました。
「たぶん…何も出来ないと思う」
僕だって出来ることなら先輩たちのために動いていたい!でも、実際に出来ることなんて何もありませんでした。
隅で小さくなって、ただ立っていることしか出来ず、とても惨めでした。
「あたし、やります!」
突然、里奈先輩が声をあげ、部長の前にずいと出ていきました。
「夏のボランティアの時も春の発表会の時も、そのずっとずっと前からエマ先輩はいっつもフラッとどっか行っちゃってたじゃないですか!いつかこうなるんじゃないかと思ってたんですよね」
「お前いきなり何言い出すんだよ!」
里奈先輩の肩を健太先輩が掴みます。それをバッと祓って里奈先輩は更に大きな声を上げました。
「だからあたし、いっつも覚えてたんです!あの人の役の分…今日だってドロシーの台詞、全部暗記してます!あたしが代役、やりますっ!!」
「代役なんて無理だ!日下部だって役があるだろ!」
部長も眉間にシワを寄せて、負けじと声を張り上げます。
「あんな役なんて役じゃない!西の魔女は家に潰されて死ぬんですよ!?台詞なんて無いし、あたし足だけの出演ですよ!?誰だって代用利きます!!私、エマ先輩だけのせいで舞台がめちゃくちゃになるなんて嫌なんですよぉ…!」
吐き捨てるように言って、里奈先輩は手で顔を覆ってしまいました。
肩を小刻みに振るわせて泣いています。
僕も里奈先輩の意見に賛成です。
足だけなら僕も麻紀も匠先輩だって出来ます。