「穴」-1
春、僕は新しい生活をはじめる。
第一志望だった有名大学に合格し、この春から東京で暮らすことになった。
高校は地元でも有名な進学校で、早いうちから進路を決めていた僕は、志望校一本にしぼって、高校生活のほとんどを勉強に明け暮れて過ごした。
僕のまわりにはみんな同じような奴らばっかりだった。
それなりに仲良くやっていたと思う。でも、みんな自分のことで精一杯という感じだった。
「さて、片付けるか。」
新しい僕の城。
大学の近くのアパートを借りた。
探し始めるのが少し遅れたから、歩いても通学できるほどの距離にあるこのアパートを借りることができたのは、殆ど奇跡に等しかった。
しかもそれだけじゃない。大家さんもすごく良い人なのだ。
初めて挨拶に行った時、現れたのは白髪混じりの初老の男性だった。挨拶するとニコニコと優しそうな笑みを浮かべて「もし困ったこととか、何かあったらすぐ私に相談してください・・・合う、合わないは人によって様々だからね。」と言ってくれた。
僕は、東京の人は他人に冷たいものだと、勝手に思っていたから、なんだかとても安心した。
こんなふうに順風満帆で始まった僕の東京での暮らしは、今日からはじまるのだ。
僕はまず、ダンボールの山をかきわけ、窓を開ける。そこからは道路を挟んで公園が見えた。
裏路地にあるこのアパートのあたりは、車が一台通るのがちょうどぐらいの道幅で、少し入り組んでいる。そのせいで公園で遊んでいる子供の声がすぐそこによく聞こえた。
僕の部屋は二階だから、ちょうど公園を見下ろすように外を眺めると、咲き始めた桜の枝がそよそよと風に揺れている。
(地元の桜はまだ固い蕾だったのになぁ。)
僕の地元ではまだまだ身を切るような寒さが残り、冷たい風が吹いていた。
(春・・・だなぁ。)
吹き込む風は僕の頬を優しく撫で、部屋へ吹き込む。それがなんだかすごく気持ちよかった。
「よし。」
僕はさっそく、近くのダンボールから手をつけた。
・・・・・
・・・寒い。
寒さに思わず目が覚めた。
僕はどうやら、片付けの合間に休憩をして、そのまま疲れて寝てしまっていたようだ。
荷物と一緒にトラックに揺られて数時間、今日地元から来たばかりですぐの荷解きは、体力のない僕にはきつかった。
すでにとっぷりと日が暮れ、公園の街灯が部屋にほのかに差し込んでいる。日中は日差しでぽかぽかと暖かかったけれど、やはり夜は冷えるようだ。
寝ぼけた目をこすりながら、のそりと立ち上がってカーテンをひく。
その瞬間、部屋は外の世界から遮断され、闇に包まれる・・・
と、思ったのに、暗くなった部屋の中に一筋の細い光がこぼれているのが目に入った。