ネコ系女 #3-2
「一之宮、橋田。終わったか?そろそろ開店の時間だぞ」
いきなり加納さんの声がして振り返ると、ひょっこりと頭だけ売り場に覗かせていた。
加納さんが売り場に顔をだすと焼けた小麦粉や生クリーム、バニラエッセンスの香りが更に濃くなった。
「はい」
「あっ、はいはいっ!」
心此処に在らずだった姫代は相当驚いたのか、ビクッと体を跳ねさせて、パタパタとモップを裏にある掃除用具入れに持っていった。
私もタオルをジャブジャブと洗い、裏口から外に出て干しに行く。
姫代は電気を付け、ブラインドを開けに、売り場へ戻っていった。私はというと、加納さんがいるキッチンへバット一杯に入った色とりどりのケーキを貰いに向かう。
と思いきや、今日のバットには隙間があった。
「今日はいつもより少ないんですね」
「あぁ、最近不景気で暇だしな。しかも季節柄、イベントだって無い。ケーキ買いに来る奴なんぞほとんどいないよ」
皮肉っぽく加納さんが笑った。
「だからいつもより種類は減ってるけど、それぞれの色を見て綺麗にディスプレイしろよ」
「はい、分かってますって」
「ま、その辺は橋田に任せてるからな。頼んだぞ」
【ネコ系女はデキル女】
「はい。また後からシュークリーム取りに来ますね」
「おう」
そう言って軽く手をあげると、オーブンから五十個ほどシュークリームの生地を取り出した。
くれいむのケーキは全て加納さんが一人で作っている。なので、朝は少ない量で数種類を並べていた。
また、くれいむのシュークリームはなかなかの人気で、朝一でとりあえず十個程ショーケースに並べ、しばらくしてからまとまった数を作るというスタイルにしている。
出来立てのケーキはとても甘い香りがする。新鮮なフルーツの香り、濃厚なクリームの香り、芳ばしいチョコレート、仄かにブランデーの香りも…。
今日は紅茶のシフォンもあるからアールグレイの香りもする。
【ネコ系女は匂いに敏感】
私はすんすんと香りと見た目を楽しみつつ、宝石のようなケーキを落とさないように、慎重に運んで行った。
その時だった。
「ウッキャーッッ!」
売り場の方から姫代の叫ぶ声が聞こえ、私は危うくバットを落としそうになった。
「一之宮!?」
加納さんが顔を上げて走り出そうとするのを私は止めた。
「待ってください!私が行きますんで。姫代のことだからもしかしたら大したことじゃないかもしれないので…」
【ネコ系女は冷静】
すると加納さんの険しい顔が少し緩んだ。