エンジェル・ダストE-4
防衛省中央司令部。
「松嶋の消息がやっと分かったぞ」
「何処に居たんだ?」
「何処だと思う。奴は李海環の屋敷に匿われていたんだ」
「李って…あの武器商人にか?何故?」
そこは10階にある小会議室。25平米ほどの10人も座れば一杯になる部屋で、佐藤と田中は話合っていた。
「それは分からん。さすがに危ないと考えて逃げ込んだのだろう。巧いところに目を付けやがった…」
佐藤の言葉を聞いた田中は、皮肉混じりに云った。
「やけに弱気だな。陸自の特殊部隊員だろうと、公安警察の捜査官だろうが容赦無いおまえが」
「オレは現実主義者なんでな。おまえのように、理想論者じゃないんだよ」
「理想じゃないさ。居場所が分かったのなら、松嶋もろとも屋敷の住人もすべて掃除すれば、日本も少しはきれいになる」
感情に走り易い田中らしいコメント。佐藤は思わず鼻を鳴らした。
「これだから短絡思考なヤツは困る。あいつは、李はアンタッチャブルな存在なんだよ」
アンタッチャブル──警察や公安はおろか、国の元首でさえ手が出せない存在。
佐藤の口からそれを聞いて、田中は訊き返す。
「どういう意味だ?たかが、武器商人が…」
「李は唯の武器商人じゃない。華僑の頭でもあるんだ。そして、奴は中国軍の中将クラスや首相クラス、それにロシアの軍にも顔が効くそうだ」
聞かされた田中は何も言えなくなった。
「何処でそんな情報を仕入れたんだ?」
「DIAのオフトマンさ。さっき連絡を受けたんだ」
ランディ・オフトマンはDIA──アメリカ国防総省情報部─のケースオフィサーで極東担当者だ。
「この話はCIAから出たそうだ」
「と、云う事はCIAも松嶋をサーチしてるのか?」
「みたいだな。オフトマンは教えてくれなかったが…」
播磨重工の事件で、CIAが関わっていた事を、恭一は今でもデータとして持っている。
もし、自分に何かあった場合、李海環を通じて世界中にデータが流れる算段を組んでいた。
CIAとしてはデータを奪いたい。が、そのために李と事を構えた場合、中国が出て来るのは確実だ。
さすがに、中国と事を構えるのはアメリカとしても避けたい。そんな状況から、CIAも手をこまねいていた。
「だとすると、どうする?李がアンタッチャブルなら、その李に匿われている松嶋にも手が出せないんじゃないのか?」
苦い顔で佐藤に訴える田中。
だが、佐藤はそんな田中を見下すように冷笑を向けた。
「だから、おまえは短絡思考だと云うんだ。李を懐柔して松嶋を裸にするなり、松嶋自身を懐柔するなり、様々な手が有るだろうが」
「…そうだな。おまえの云う通りだな」
小さな会議室での話し合いは、深夜遅くまで続いていた。