エンジェル・ダストE-3
「なるほど…どうやら、私利私欲じゃないようだな」
そう呟くとピースを取り出した。火を点け、深呼吸でもするようにひと口吸うと表情を緩める。
「…どうにも辞められなくてね」
「私だってそうですよ。イライラが続くとつい、手が出てしまう」
同情するような恭一の言葉に、真田は何度も頷き、うまそうに紫煙を燻らせた。
「…西部方面隊、第4師団だったかな。そこの後方支援連隊から出たんだ」
「真田さん、ありがとうございます」
恭一はひざに手を置き、深々と頭を下げた。
「じゃあ、話はここまでだな」
真田はそう言うと両手を打った。すぐに座敷戸が開き、女中が現れた。
「すまんが酒を頼む」
女中は──わかりました─と言うと座敷戸を閉めた。
「ここからは再会を祝おう!」
真田は1番の笑みを恭一に向けた。
恭一が真田と料亭で酒を汲み交わす頃、五島は李海環邸のパソコンでネットワークの検索を繰り展げていた。
狙いは東都大学のデータベース。
これまでの運営履歴を調べ上げ、とりわけ4年前から始まったとされる、工学部への研究費増額の理由を知りたかった。
10本の指が、まるで個々に意思を持つ様、巧みにキーボードの上を踊っている。
その凄まじいスピードとは裏腹に、五島の顔は能面のように無表情で静かだ。
半分開いたような目は、わずかに眼球が動くだけだった。
「……ヨシ、侵入成功…」
広い客間の奥でキーボードを叩く音だけが響く中、入口のドアが開いた。
「失礼します…」
現れたのは蘭英美だ。彼女は聞こえてくる音に導きかれ、部屋の奥に入った。
「五島様。食事の時刻を過ぎてますが、如何致しましょう?」
五島は動きを止めずに蘭に語り掛ける。
「蘭さん…」
「はい?」
「…オレは多分、寝てる時以外はここに掛りきりになると思う。
だから、カップ麺とか缶詰等、日持ちする食料品を用意してもらえると助かるんだが…」
五島は、そこまで云うと手を止めて蘭の方を見た。
「今頃、こんなこと云い出してすまないが…」
そして頭を下げた。蘭はその姿を見てクスクスと笑いだした。
「何か、おかしなことを云ったかな?」
「いえ。最初の印象が粗野な感じがしたので、そのギャップに…申し訳ありません」
五島の頬がかすかに紅潮する。
「…いや。謝る必要なんてないさ。その通りなんだから」
「直ちに準備致します。必要なら奥にあるキッチンをご使用下さい」
蘭は日本式に頭を下げると部屋を後にした。
「粗野な感じ…か…」
五島は、アゴひげを撫でながら独り言を呟くと、再びモニターを見つめてキーボードを叩きだした。