エンジェル・ダストE-2
ところが、すぐに外務省から横やりが入った。──奴らを即時釈放するようにと。
公安は当然、猛然と抗議する。そんな態度はバカにされるだけだ。奴らは──日本組み易し─と大挙してスパイを送り込んでくる。
このままの状況が蔓延し続ければ、日本はスパイ天国と化してしまう。頑とした態度をとる必要があると。
しかし、外務省は──事を公にすれば国際問題に発展する。それは外交上よろしくない─と、自分達の弱腰な態度を変えようとしなかった。
「それも1度や2度じゃない。おかげで公安の外事は開店休業状態。モチベーションも下がりっぱなしでしたよ…」
怨み節を口にする恭一に、真田は小さく頷いた。
「あの当時、大臣は田嶋貴里子だったな」
「ええ。まったく外交の意味がわかっちゃいない──エセ平和主義者でしたからね」
2人は回想する。
当時、与党内で首相交代劇があった。時の党首選挙である。その時、いち早く改革派の大沼誠一郎に付いたのが田嶋貴里子だった。
選挙では保守派の麻庄太郎を破り、大沼が首相の座に着いた。大沼はその時の功労に、田嶋を外務大臣のポストを与えた。
「あの人の父親は──今太閤─と呼ばれた、元総理大臣、田嶋角榮。その当時は──親子2代の総理大臣か─と、マスコミが騒ぎ立てましたね」
「だが、所詮は──田舎のお嬢さん─だった。あれほど外交を知らないオバサンとは思わなかった」
田嶋の口ぐせは──世界中のどんな国でも、コミュニケーションを交わし信頼し合えれば、皆んな仲良くなれる─だった。
「そんなヤツの耳に、スパイの存在を知らせたらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。──波風を立てずに穏便に処理するように─を繰り返すだけで聞く耳をもっていなかった…」
「あの時は大沼が北朝鮮や中国、韓国など近隣アジアとの国交関係修復に躍起になってましたからね。田嶋はそのために働いたのでしょう」
「まったく、最悪の時代だったな…」
真田は力無く笑うと話題を戻した。
「それで、私に何をしてもらいたいんだ?」
恭一は足に敷いた座布団を外し、畳の上で姿勢を正す──人にモノを頼む時の作法だ。
「サマーワに駐留していた陸自の隊員が、原因不明の伝染病に感染して亡くなった。その部隊名はご存知ですよね?」
真田の顔に一瞬、厳しさが映った。が、それもすぐに消えて穏やかさが戻る。
「それを訊いてどうするんだ?」
「仕事の依頼がありましてね。それ以上はノーコメントで…」
「そうか…」
真田はまっすぐに恭一を見据えた。その厳しい眼差しは外務大臣も臆するほど、無言の恫喝となって表れるモノだ。
一方の恭一も視線を外さない。無言の会話が2人の間に飛び交う。
時間にして1分あまりの見合いが続いた時、ふと、真田の目に力が抜けた。