ゴールデンウィーク-2
やがてまーちゃんが落ち着きを取り戻すと、聡美はまーちゃんの部屋を訪れた。
呼び鈴を押しても返事はなく、どこかに出掛けたのは間違いなかった。
隣の部屋の住民に話を聞いてみるが要領を得ず、取り敢えず自分の部屋でまーちゃんを預かる旨を伝えておく。
念の為に管理人にも同様に伝え、まーちゃんを部屋に連れ帰ると、聡美はお風呂を沸かした。
聡美は一緒にお風呂に入ろうと申し出るがまーちゃんは何故か頑なに拒んだ。
どうも、アザのある体を見られたくないようなので一人で入らせ、聡美はその間に夕食の支度を始めた。
人の為に食事の支度をするなんて何年ぶりだろうか。
妙に気分が高揚し、我知らず鼻歌が洩れる。
二人にとって家庭的な食事は久しぶりだったが、まーちゃんは緊張が解けず、静かなものとなった。
そして食事を終え、片付けを始める聡美。 気が付くとまーちゃんは疲れて眠り込んでおり、聡美はそっとベッドに運んだ。
まーちゃんの無防備な寝顔を見て、顔をほころばせる聡美。
こうして、聡美とまーちゃんのゴールデンウイークが始まった。
翌日、聡美はまーちゃんを連れてどこかへ出掛けようとするが、まーちゃんはいつ母親達が帰ってくるか分からないのでそれには応じなかった。
仕方無く聡美は遠出を諦めたが、普通の母娘が当たり前に過ごす日常は思いの外楽しいものであった。
買い物袋を下げて一緒に歩き、二人で夕食の用意をしたり、公園を散歩したり絵本を読んだり。
まーちゃんは相変わらず無口だったが、小さな表情の変化が見られると嬉しくなる。
しかし、まーちゃんと打ち解けるほどに連休の終わりが近付き、聡美の心に影を落とした。
連休が終わるとまーちゃんをまた陰惨な暴力の渦中に返さなくてはならない。
虐待の然るべき相談所に連絡を取ろうと思うこともあるが、果たしてそれでまーちゃんが幸せになるのか。
単なる指導などでは更に酷い虐待を受けるのではないか。
そんなことを考えると行動に踏み切れなかった。
そしてついに連休の最終日。
これまでと変わらぬ二人の生活だったが、翌日にはまーちゃんを返さなくてはならない。
明日になると聡美はまた我が子を失うのだ。
その晩、二人は窓の外の月を眺めながら一緒の布団で寝た。
傾いた船のような月に筆でサッと掃いたような雲。
二人はなかなか寝付けなかったが、気が付くとまーちゃんは小さな寝息を立てていた。
ふと、まーちゃんが寝返りを打ち、聡美にしがみついてきた。
聡美はこの小さな温もりを抱き、やがて安らかな眠りについた。
翌朝、目が覚めた聡美は、隣りに眠っている筈のまーちゃんの姿がないことに気が付いた。
一瞬、何事だろうと混乱したが、まーちゃんは両親が戻る前に部屋に帰ったのだろうと悟った。
胸を締め付けられ、うずくまる聡美。
そのまま聡美は部屋を出ようとはしなかった。
次の日も、その翌日も。
部屋を出てまーちゃんに会うのが怖かった。
またまーちゃんが虐待を受けているかと思うと悔しくて悲しくて胸が張り裂けそうになった。
しかし、長く閉じこもっていた聡美だったが、これ以上は仕事を休むわけにはいかず、意を決して外に出ることにした。
気になってゴミコンテナの横を見るが誰もいなくて安堵する。
そして夕方。
ゴミコンテナの横に以前よりもやつれたまーちゃんの姿があった。
力無く笑顔を見せ、手を振るまーちゃんに、聡美は強張った笑みで手を振り返す。
暫く視線を合わせる二人だったが、やがて耐えきれずに聡美は部屋に戻った。
無力な自分が情けない。
あれこれと悩み、聡美はその晩眠ることはできなかった。
そして翌朝、ついに電話の受話器を取ると、かねてより調べてあった相談所の番号を押した。
終。