未完成恋愛シンドローム - 希望的観測 --11
「朝、ご飯食べた?」
「遅刻しかけたから食べてへん」
「ふーん」
「?」
なんなんだ。
「貧血やね」
「貧血?」
「そう。赤血球が酸素を運ぶ量が一時的に低下して、脳ミソが一瞬酸素不足に」
「いやまぁ、判るけど」
瞳姉の説明を途中で遮る。
―母さんも貧血持ってるし。
「けど、オレ今まで貧血なんかなったことない」
「たまたま体調悪いところに、朝ご飯抜いたりとか、まぁ色んな理由は考えられるから、そんな気にすることはないよ」
言って、ポケットから煙草を取り出し、口にくわえる瞳姉。
「こないだ保健室で煙草吸って怒られたばっかちゃうかったっけ?」
「なんで知ってんの?」
使い込んだ色をしたジッポを手の中で遊ばせながら、瞳姉が口元だけで笑う。
「結構有名やで」
本当は、部長に聞いただけで、他の誰かが言っているのを聞いた訳でもないけど―。
「マジ?」
「あんまし目ぇつけられるよーなことばっかすんのも、どーかと思うで」
一瞬きょとんとした顔をした瞳姉が、笑った。
「なんか面白かった?」
「いやいや・・・」
笑いすぎたせいか、瞳姉が目尻に溜まった涙を指で掬う。
「そんな真面目な顔して心配するから」
「・・・」
なんとも言えず、黙ったまま首筋を掻く。
「大丈夫」
―シュボッ
瞳姉は窓を開け、今まで弄んでいたジッポで煙草に火を点けた。
「ごめんなさいは、ちゃんと言えるから」
煙を吐き出した後、瞳姉は薄く笑った表情でそう呟いた。
・・・・・。
「んーっ」
「つーか今何時?」
なんだかんだと話している内に、煙草を吸い終わって背伸びをする瞳姉に聞く。
「もうすぐ終礼終わるかな」
手元の時計を見ながら答える。
「戻った方がいいかな?」
「丸山センセ(うちの担任)がさっき様子見に来たけど、藤沢も永瀬も寝てたから、起きたら宜しくってゆーて去ってったし」
・・・・。
―流石はうちの担任。
適当にも程がある。
「あのヒト、相変わらず適当やんなー」
―いえ、アナタもヒトのこと言えませんよ・・・?
「・・なによ?」
哀しい視線をしたオレに気付いたのか、瞳姉が口唇を尖らせてこっちを見てくる。
「なんでもないなんでもない」
まぁ、知らない方が良いこともあるからね、世の中には。
「ってゆーか」
「ん?」
さっきから気付いていたものの―
「こいつ、ずっと寝てるん?」
コタローを指差し、聞く。
「んー」
またポケットから煙草を出し、火を点ける瞳姉。
「藤沢のこと、抱えてきてから暫くは起きててんけど」
「抱えてきて?」
煙を外に向かって吐き出す瞳姉に、聞く。
「あー・・あれあれ。お姫さまだっこ?」
「・・・・・・」
―この野郎。
「で、心配無いから戻ってえーでって言うてんけど、出たらもう入れへんからこのままここにいるって」
「・・ふーん」
つまりコタローは、当然とはいえ、出たら戻れないのが判っててオレのことを連れてきたってことか―
「しばらく話ししてんけど、永瀬が昨日遅くまで勉強してて眠いって言うから」