魔性の仔@-5
「…まいったな。何処に行ったんだ?」
高い位置から周りを見渡すが、人らしきモノなど見えるはずもない。
──仕方ない。しばらくここで待つか…。
「ちょっと、ここで待っててくれ」
刈谷は、クルマに戻ると手にペットボトルを持って来た。少女の居場所を探す事を考えて、予め買っておいたモノだ。
少女にはジュースを手渡すと、自身はコーヒーをひと口飲んだ。
「ふうーーッ…」
長いため息を吐いて、ふと、となりを見ると、少女はペットボトルの開け方が解らず苦労していた。
「ああ。ごめん、貸してごらん」
そう云ってキャップを勢いよくひねった。
「はい…」
「うう…」
微笑みながら手渡す刈谷。受け取った少女は、嬉しそうな顔でジュースを飲みだした。
柔らかい笑顔を少女に向けながら、刈谷は不思議な思いがした。
──歯磨きといい、このペットボトルにしても、今どき誰でも知ってるモノなのに、この子はまったく知識がない。何故なんだ…。
周りを囲む森林は、暖かな日差しに照らされ、キラキラと輝く若葉や色鮮やかな山吹が、生命の息吹を感じさせた。
そんな景色の中で、刈谷は物思いに耽る。
「あ…あ…」
突然、少女が刈谷の服を引張った。見ると、何かを指差している。
「エッ?あそこに何かあるのかい」
彼女の指先を辿って森林の方に目を凝らすと、2羽の小鳥が枝にとまっていた。
「へえ、あんなところに。よく見つけたなあ」
刈谷はそう云うと、笑顔で少女の頭を撫でる。すると彼女は、満面の笑みを浮かべた。
緩やかな時が流れる中、2人は、枝をつたい渡る小鳥を温かな目をして追っていた。
中尊寺のコッテージに訪れて30分が過ぎた頃、ようやく本人が現れた。
──やれやれ、やっとお出ましか…。
胸元まで伸ばした艶やかな髪と端正な顔立ちは、女性として魅力的なのだろうが、刈谷にはどこか影のある印象に映る。
表情の無い彼女の顔と、常人ばなれした生活がそう思わせるのだろう。
「こんにちは、先生。お待ちしてましたよ」
刈谷の言葉に、中尊寺は──すいません…─と云ったきり、俯いたまま視線を合わせようとしない。
「昨夜も申し上げましたが、次回作の打ち合わせを今から行いたいのですが…」
「…分かりました…」
中尊寺は小さく頷き、玄関ドアに手を掛けようとして、ふと、視線を刈谷のとなりに移した。