魔性の仔@-4
刈谷と少女を乗せたクルマは山道にさし掛かる。窮屈なカーブとわずかな直線に、ハンドルを切り込み、アクセルの開度を合わせて坂道をスムーズに登っていく。
「もうすぐ例の場所だよ」
昨夜、彼女を拾った場所が近づく。すると、少女は急に落ち着かない顔をのぞかせた。
「うんッ…ん…」
突然、刈谷の腕に両手でしがみ付くと、不安気な表情を浮かべた。
「…お、おい。急にどうしたんだ?気分でも悪いのか…」
不可解な行動に、刈谷は慌てて少女を見た。彼女は深くうずくまり、身体を丸めて震えていた。
──こんなに怯えて…これ以上は無理か。
刈谷はうずくまる少女の背中に優しく手を乗せた。
「…分かったよ。ここには寄らないよ」
そう云うとアクセルを踏み足した。わずかなタイアの軋み音を残し、クルマは山道を駆け抜けて行った。
──逆行性健忘症が徐々に戻り、何かを思い出したのか?何かから逃げ出したのか…。
ハンドルを握りながら、様々なことが刈谷の頭に浮かんだ。
それから30分後。少女と出会った場所の真裏辺りになる山の中腹到着した。
駐車場の奥には木製の階段があり、その先にはログハウス風のコッテージが建っていた。
ミステリー作家、中尊寺聖美の別宅である。
デビュー当初はひと当たりの良い女性だったそうだが、作品がヒットし、世間に顔が知れわたるようになった頃から人嫌いの性が表れ始めた。
彼女の自宅は鎌倉なのだが、今では1年の大半をここで過ごしている。
刈谷達、編集者にとって作品さえ上がってくれば、作家のプライベートはどうでも良いのだが、中尊寺は人と関わらなくなってからというもの、作品の遅れが目立つようになった。
──やれやれ…。
頭上に建つコッテージを恨めしげに見つめる刈谷。
──仕方なく連れて来てしまったが、公私混合じゃあ、あの先生…。
苦い顔を浮かべ、建屋に続く階段に足を掛けた。その後を少女も付いて行く。
階段を登り切ると、木製の重厚なドアが彼らを出迎えた。
刈谷はドアについたノッカーを叩いて中に知らせる。が、ドアは開かない。
──な、なんだ?
刈谷はノッカーを何度も叩く。しかし、中からドアが開く気配はない。連絡を取ろうと電話をするが誰も出ない。