やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑧-8
「プレイッ！」
加賀は佳代に借りたバットを短く握る。キャッチャーのサインを確認してピッチャーが初球を投げた。
ボールは外角低めのストレート。加賀は思い切りバットを振り抜く。
「うわッ！」
打球は１塁ベンチ──直也に向かって飛んで来た。必死に上体を倒し、かろうじて避ける。
「アイツ、何処狙って…」
「うるさいッ！」
悪態をつこうとした直也を、佳代の怒声が遮った。
「必死に打ってんだから邪魔しないの！」
「なんだぁッ！」
突拍子もない事に直也はつい、声を荒げた。その途端、頭に強い衝撃が走った。
「静かになさい！退場にされたいの」
葛城だ。直也は──すいません─と言い、口をつぐむ。
加賀は２球目を空振り、３球目は選んで１ボール２ストライクとなった。
４球目のフォークをかろうじて当ててファウルに、５球目のカーブ外には外れた。
３ボールにしたくないピッチャーは、続く２球をストレートで攻めた。が、加賀は必死に喰い付きバットに当てた。
ファーストの右を鋭い打球が駆け抜けた。徐々にタイミングが合いだした証拠だ。
「加賀くん…」
ネクストから見守る佳代は、加賀の気概を感じた。──軽いバットでボールに喰い付き、なんとしても出る─と。それはベンチの選手や永井、葛城も同じだった。
一方、東海バッテリーは焦っていた。どんな球を投げても付いてくる加賀に気持ちが負けそうになる。
８球目はフォーク。加賀のバットは出掛かったが止まった。
キャッチャーは１塁々審に確認を求めたが、塁審は両手を広げる。──振っていないと。
これで３ボール２ストライクのフルカウント。
キャッチャーは内角高めを要求する。ピッチャーは頷いた。
加賀は小さな構えでピッチャーを見据えている。
ピッチャーは呼吸を整えてセットポジションに入った。１秒…２秒と静止したまま動かない。
３秒経った時、ピッチャーの左足が上がるのと同時に、主審が両手をあげて試合を止めた。
「オーバータイムズ！テイク・ワンベース！」
──ボールを受け取り、次の投球動作に入るまで１５秒以上掛かった場合、ボールとみなす。
ピッチャーはルールを忘れて１５秒を超えてしまったのだ。
「アイツ…出やがった…」
出塁に、直也は驚嘆の声を挙げた。佳代は１塁へ向かう加賀の元にネクストから近づいた。
「繋いでくれ…」
加賀は佳代にバットを手渡す。
「分かった…」
バットを受け取る佳代。１塁へ向かう後ろ姿に視線を注いだ。