やっぱすっきゃねん!VG-16
──結局、この人はピッチャーを信用してないんだな…。
一連の指示をベンチで見つめた直也は、諦めともとれる力無い笑みを浮かべてマウンドを見る。
──しっかり投げろよ…。
左バッターボックスに3番が入った。丁寧に足場を固め、軸足である左足を固定する。
達也はベンチを見た。永井からは何のサインも出ていない。
──何だよ。さっきは逃げたのに、ここは勝負かよ。
今の佳代の状態では、長打の可能性が高いと達也は思った。
──じゃあ、初球はこれで。
サインに頷いた佳代は、ランナーを気にしながら早い動きで初球を投げた。
──カキンッ!
打球はセンターとレフトの間にライナーで飛び、フェンスに直接当たって強く跳ね返る。
センター加賀が跳ね返った打球を素早く処理し、サードに送球した。1塁ランナーは3塁に滑り込んだ。
──そんな…。
たった2球でノーアウト3塁2塁のピンチを迎えた。
ここでようやく永井がタイムを要求し、伝令の稲森がマウンドに走る。
「どうしたんだ佳代?どっか、身体が悪いのか」
内野手に伝令の計6人が、佳代の周りを囲んで心配そうな顔で覗き込んでいる。
「…初めてで、ちょっと緊張して…」
「とにかく、思いきり腕を振れ。そうすりゃ結果が付いてくる」
「分かった…」
そう答えているが、佳代は俯き、視線を合わせようとしない。
達也はベンチの永井に向け、小さく首を振った。
タイムが解かれた。再び、ひとりマウンドに残る佳代。
──初球はこれから。
達也のサインは内角低めのスライダー。佳代はグラブの中で握りを確かめて初球を投げた。
バッターはステップすると、初球を見極めようとした。ボールは真ん中辺りからバッター方向へ食い込んでくる。
「ストライクッ!」
主審の右手が上がった。
──やっと1つ…。
ストライクをひとつ取り、佳代の表情がわずかに緩んだ。
──ボール球を投げる余裕は無いだろう。もう1球同じコースで。
達也のサインに頷き、佳代は2球目を投げた。が、ボールは狙ったコースより外になった。
横に変化しながら真ん中やや内に入った。右バッターにとって、1番、力の出せるコース。バッターは当然、見逃さなかった。