やっぱすっきゃねん!VG-15
「ヨシッ!」
グラブを──パンッ─と叩いてマウンドに向かって飛び出した。その姿に1塁側ばかりか、客席全体がどよめいた。
女子ピッチャーという事実に。
どよめきが止まぬまま、佳代はマウンドに立った。客席の声はバックネット奥の壁や屋根に反響し、増幅され、マウンドに集約する。
──音がこんなに身体に響くなんて…それに、人の顔が、こんなに間近だ。直也達は…こんな中で投げてたのか…。
まさにピッチャーのみが味わうプレッシャー。佳代の顔がみるみる不安に曇りだす。
自分を落ち着かせようと、マウンドの土をスパイクで削り、自分好みの足幅に変えていく。
そして投球練習を始めた。すると今度は吐き気が襲ってきた。
その初球を捕った達也は、キレが無いことに気づいた。
「ダメだな…」
初球を見た途端、一哉は表情を変えずにポツリと言った。
「どうしたんだ?そんなに目をつり上げるなよ」
投球練習を終え、マウンドに近づくと、達也にも緊張が伝わった。
「抑えようなんて思うなよ。──思いきり投げる事だけ考えろ」
佳代は口唇を固く結び黙って頷いた。
──こりゃアウトを取るまで無理だな。
達也は、それ以上のアドバイス諦めてマウンドを降りた。ひとり残された佳代。吐き気で身体に力が入らない。
打順は2番から。右打席に入ると厳しい眼差しを佳代に向けた。
──女なんかに負けられるかよ!
直也の時とは明らかに違う──敵愾心むき出しの表情。
達也は初球、外角低めを要求する。佳代は頷くとセットポジションに入った。
顔の高さで構えるグラブ。ピタリと静止して、右足のひざが胸の近くまで上がった。
上体をひねり、ほんの一瞬、動きが止めると、右足が空をキックして再び動きが流れだす。
右足が前に着地し、スパイクの爪がマウンドの土を噛む。同時に右腕が前へと伸びる。──まるで、今から投げるコースを予告するように。
普段なら、ここでワンテンポ遅れて左肩が前に伸びてくる。
が、この時は違った。緊張に肩の柔軟性はかき消されていた。
──キンッ!
鋭い打撃音の後、打球は佳代の頭の上を飛んでいった。センター前のヒット。
──これじゃダメだ!
異変に達也は、すぐにマウンドに駆け寄る。
その様子を見た永井は、慌てたように淳にブルペンに入るよう指示した。