盲愛コンプレックス-1
保住尚之(ほずみなおゆき)、17歳。人からよく言われる言葉は、お調子者。
確かに、自分でもちょっと口が上手いと思っていたりする。
友達は多い方だし、先輩からも後輩からもウケはいい。でも、このお調子者って言葉が、今は俺を苦しめる。
なぜかっていうと――
「保住に悩みなんてあるのかな」
「うるせぇよ」
親友の坂田陽介(さかたようすけ)が、不意に俺の覗き込んで言った。
坂田はいつものようにへらっと笑い、俺に買ってきたパックジュースを手渡す。
俺もまた笑いながらジュースを受け取った。
「悩みなんてなさそうに見える?」
俺が訊くと、坂田は肯定するように笑っただけだった。
ま、四六時中笑ってりゃそう思われるのも仕方ないか。
笑うのがくせで、人をからかうのがくせで、自分を貶めて笑いをとるのがくせで。
お調子者って言われる度に、調子に乗って。
それでも今、大きな悩みを抱えている俺にとって、その言葉は辛い。
本当は悩んでるんだ。
女の子みたいに恋だの何だので、うじうじと朝から晩まで。
それでも、この俺が悩んで落ち込んでるなんて周りに知られたくなくて。
無理に笑顔を作って、いつものように友達とバカみたいに笑っていた。
「……原因は牧田さん、か」
俺は坂田の言った言葉に思わず目を丸くさせる。
何故か坂田は納得したようなふうに頷いてから、ぼそりと呟くように言った。
「図星、だね」
そう言って自身もジュースにストローを指しながら、教室を見渡し、小柄な女に視線を留めた。
牧田茜(まきたあかね)、17歳。分け隔てなく誰にでも明るく接する、と前に見せてもらった中学の時の通信簿には書いてあった筈なのに、俺にだけは暴言・暴力を振るう危険な奴。
もっともそれは過去の話で、今は大分大人しくなった。
というのも――
「せっかく付き合い始めたのに、何でまた?」
自惚れじゃないって信じてるけど、茜が俺に惚れてるってことはバレバレで。
俺もまたこいつに惚れてたわけで、つまり俺達が付き合うことは必然であったわけで。
いや、そんな言い方は少し傲慢だな。
本当いうと、俺の方がずっとこいつに惚れていたんだ。
高校に入学してすぐに仲良くなった俺達だったが、付き合い始めたのはごく最近のこと。
俺としては一年の夏くらいから、あいつからの告白を待っていたんだ。でも茜はなかなか告白なんてしてこなくて。
もしかしたらあいつが俺に惚れてるってのは自惚れなんじゃないかって、そんなことを考え出してから他のクラスの子と付き合ってみたりはしたけれど、それも結局は無駄に終わって。
俺は今年のプールの授業をきっかけにして、あいつに好きだってことを伝えた。
結果はご存じの通り――の筈なのだけれど。
「キスまでしか、進んでない」
俺の言葉に坂田は眼を瞬かせた。
「……付き合ってどのくらい経ったっけ」
「二週間」
俺が答えると、坂田は笑いながら再び茜の方を見やる。
友人らと談笑するあいつの姿は、畜生、やっぱり可愛い。
「別に、そこまで焦る必要ないんじゃないの?」
「焦ってるわけじゃねぇよ」
そう、焦っているわけじゃない。
正確に言うと、ABCのAから進めないことに焦っているってわけじゃないんだ。
「ちょっと、見てろよ」
俺は坂田に言い、がたりと席から立ち上がった。
そして、茜の方へと歩いて行く。