だから、世界は美しい-1
―――ちゃんと自炊とかやってるの?勉強もだけど
「はいはい。心配しなくてもさ、勉強も家事もちゃんとしてるよ」
―――ならいいけど。それとね、お祖父ちゃん今入院してるの。だからお見舞いに一度帰ってきなさいね
「はっ?いつから?」
―――二日前に倒れたのよ。それでね……
わかったその内帰る、そんなやり取りでお袋からの電話を切った。携帯電話を乱雑に置き、その足でカレンダーを確認しにいく。
いつもならば、金欠と面倒臭さからダラダラと伸ばしてしまう帰郷。それなのにすっかり家に帰る気分なのは、お袋が最後に呟いた言葉の所為。
暖かな春を示す暦には、計ったように明後日から連休とあり、僕は早々と実家に帰る新幹線の切符の手配へと入る。
時刻表を調べながら、お袋の言葉を頭の中で何度も繰り返した。
―――お医者さんがもう永くないかもって
■
新幹線を降りて市営バスを南へと乗り継ぐと、僕が育った街がある。
観光地も名産品もない。唯一、有名企業が興された土地として名が通っていた。
進学して県外に出るまではそれなりに活気のある街だと思っていたのに、今では帰る度に廃れたよう感じる。
それは僕の見聞が広がったからなのか、それとも本当にこの街が衰退しているのか。
生温い風に頬を撫でられながら、ゆっくりと変わらない街並みを歩く。家に着いた頃には陽が落ち始めていた。
夕飯に間に合っただろうか、そんな事を考えながらインターフォンを押す。
返事はなかった。
合い鍵で玄関から入っても、人の気配は全くなくて静かな廊下。響くのは僕の軋む足音だけ。
結局、家の中は無人で。親父もお袋も、そして入院しているじいちゃんも勿論いなかった。
携帯電話に電話を掛けても返ってくるのは機械的なアナウンス。きっと病院にいるのだろうとメールをお袋に送った。
帰ってきた、と簡素に。
二十分後、着信を告げる音楽が静寂を破った。申し訳程度の小さな背面ディスプレイに「母」と文字が浮き出ている。
もしもし、と口にする前にお袋の口早な喋りが耳に流れ込んできた。
「あっ悠人?ごめんね、今メールに気がついたのよ。早かったのね今も家にいるの?」
「うん。じいちゃんの見舞い行ってんの?」
「そうよ。でも丁度良かったわ。悠人お願いがあるんだけど」
お袋はじいちゃんの部屋に忘れ物をしたから、それを持って病院にきて欲しいと僕に頼んだ。