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だから、世界は美しい
【家族 その他小説】

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だから、世界は美しい-7

 いつからだろう。
 皺だらけで、もう皺の入る隙間なんてない。そんな手にもっと皺が増えたのは。

 僕が中学生になる頃から、じいちゃんは痩せて余り出掛けなくなった。家に籠もり絵を描く時間が増えた。
 親父が止めても台風の日だって毎日散歩を欠かさなかったのに、風が強いからって散歩の数が減った。

 じいちゃんはじいちゃんのままだと思っていた。もう老けてるから、もうこれ以上は老けないんだって。

 でも違った。じいちゃんは前より老けた。

 親父が白髪が増えたと嘆いたり、お袋が目尻の皺を気にしたりするのとは違う。
 きっとそれは、終わりへ近づく老い。

 僕はいつからか、大好きだったじいちゃんの傍から離れることが増えた。部屋にも足を踏み入れなくなった。
 そして、それは成長と捉えられた。

 本当は違うんだ。
 怖かった。じいちゃんが痩せてしまうのが。

 じいちゃんの右手が描く絵は命を芽吹かせるのに、その手は刻々と命の限界が近づいていて。
 その手で撫でられる度にそれを肌で敏感に察知してしまう自分が嫌だった。

「じいちゃん……ごめん」

 誰の耳にも届かない声で呟く。
 それはじいちゃんが大好きで、じいちゃんの見ている美しい世界を知りたかったのに、距離を置いてしまった僕の贖罪の言葉。


 病室について数十分後、バタバタと忙しなく動いていた看護師の動きが止まって、それから医者が口を開いた。

 うまく聞き取れなかったけれど、その意味は理解した。

 じいちゃんの手は、もう二度と美しい世界を描けないんだ。




 葬儀には親戚と仕事関係の人と、それと杖をついたり介助されながら来た人も何人か。

 皆、口を揃えて「俺ももうすぐそっちに行くからよ」そんな事を棺の中のじいちゃんに話しかけていた。


 それから、じいちゃんは煙になって空に流れていった。灰になって空気に混じった。そして骨になって暗い地の中に潜るんだ。

 不思議と涙は出なかった。葬儀の情景も骨になったじいちゃんも、全部この二つの眼が収めたのに、頭が追いつかない。


 数日して形だけでも一段落し、僕はすっかり延長してしまった帰郷を終え、一人暮らしのアパートに戻ることにした。


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