だから、世界は美しい-6
その頃からだろうか。
僕は一つの疑問を感じ始めた。
当時小学生で遊びが人生の全てだった僕だって、この世界には美しいものばっかりじゃないって事くらい理解していた。
大人達が上手に隠しているけれど、汚いものがいっぱいだって知っていた。
それなのに、じいちゃんの瞳には何でも美しく見えている。
戦争が日常にあって、隣の人が死んで、ご飯も満足に食べれない。両親も人生の伴侶も亡くしてしまった。辛酸を嘗めることだって沢山あっただろうに。
自然が減って、機械と公害が増える。人との繋がりが薄まって、人を疑う心が濃くなる。
そんな時代の流れと共にじいちゃんは生きてきた。それでも何もかもを美しいと絵を描く。
「じいちゃんは何でも美しいって言うけど、世界中のものみんな美しいものになっちゃうよ」
そんな僕の言葉にじいちゃんは
「そうだな、世界は美しい」
と皺だらけの顔を、更にくしゃくしゃにして答えた。
その白の混じった二つの眼が見た世界。
皺と傷だらけの身体が感じた世界。
それはどんな世界なんだろうか。僕はそれが知りたくなった。
けれど結局、今の今まで聞けないままだ。
■
「悠人っ!」
すっかり寝入ってしまったのか、じいちゃんの部屋で目が覚めた。
時計は焦って起こされる程遅い時間ではない。朝の匂いがしない今の時間は、寧ろ早いほうだ。
―――つまりは良くない予感。
「今病院から連絡があって、すぐに出るよっ」
お袋は半ば叫ぶような勢いで僕に告げると、そのまま鞄を引っ付かんでけたたましい足音と共に玄関へと消えていった。
僕も絡まる足によろけながら、慌てて背中を追い掛ける。
車中では誰も口を開かないから、心臓の音が漏れてしまうんじゃないかと心配になるほど酷く煩く心臓は鼓動を刻んでいた。
病室に着くと、じいちゃんのベッドの周りに沢山の人がいた。みんな白、みんな焦った顔。
ドラマで見るような機械が一杯、じいちゃんを囲んでいた。
「ご家族の方が来ましたよ」
白い人もとい看護師がじいちゃんに呼び掛ける。
返事はなくて、変わりにかどうかは分からないけれど、じいちゃんの骨と皮だけの手がベッドの端から力無く垂れた。
親父が寡黙にその光景を見つめ、お袋は目を潤ませている。
僕の視線は皺だらけのじいちゃんの手に釘付けだった。
じいちゃんの手。
饅頭の皮みたいに柔らかくて、でも弾力性はない。そんな手の皮を掴むのが楽しくて、大好きだった。