「午後の人妻 童貞嫐りB」-9
夫はいつものように会社に出かけ、夜8時すぎに帰宅し、入浴して、晩酌つきの夕食をとった。
それからリビングのソファで半分眠りながら、テレビのニュースを見て、12時前に布団に潜り込んで就寝した。
この間に夫婦で交した会話は、数えるほどしかなかった。
由子が特別にはしゃいだり、暗く沈み込んだりしない限り、夫に気づかれる心配はなさそうであった。
亨とのデートが、いよいよ明日に迫った晩のことだ。
由子はまた心臓の鼓動が速まるような、胸苦しいような感じになっていた。
小心で怖じ気づきやすい怯懦(きょうだ)な性格なだけに、いざとなったら気が臆して行けなくなる恐れがあった。
果たして、自分はちゃんと行くことができるのか。
その自問が心に浮かぶと、はっきり行くと断定できないものがあった。
これまでの人生で、
そのちょっとした勇気がないばかりに、
大きな損を蒙(こうむ)ったり、
遠まわりの道のりを、
歩かされることが多かった。
こんどもまた、
同じ轍(てつ)を踏むような気がしないでもなかった。
由子はその想念を必死で打ち消し、振り払うようにした。
自分は童貞少年との交情も経験しないで、
女を朽ち果てさせてしまっていいのか。
32歳の自分にとって、
これが童貞少年とまみえる、
最後のチャンスなのかもしれない。
それを自分に言い聞かせて、
叱咤するのだった。
その晩、由子が寝室に入ったとき、夫の晋太郎はすでに寝入っていた。
由子は夫の寝顔をつくづくと眺めた。
口を半開きにして軽い鼾(いびき)をかきながら、何の邪心もなく安心しきった寝顔をしている。
特別の魅力や能力のある夫ではなかったが、由子にたいし全幅の信頼
を寄せて、気を許している夫であった。
私はその夫を裏切ろうとしている。
それを思うといくばくかの悔恨(かいこん)で胸が痛み、
身体が胴震いのように震えた。
それでもすると決めた心を、
揺るがないように強くもった。
それへの期待が、
夫への裏切りを、
遥かに凌駕(りょうが)していたからだ。
由子は自分の布団に潜り込むと、掛け布団を乱暴に引きかぶっていた。
(第3回了)