『氷輪の徒花』-1
その感覚に驚愕した。
今までに味わったことのない感覚。
快感。
甘美で、鋭利で。
「目を開けろ」
若い声が、耳元で聞こえる。
背筋が震えてしまいそうなほど、冷酷な声。
それなのに身体は熱い。
私は目を開けたくなかった。
現実を、受け入れたくなかった。
「俺の言うことが、聞けないのか」
聞けるわけがない。
それでも、瞼はゆっくりと開いていく。
私の身体は、男の思うがまま。
快楽という名の餌に目が眩む犬。
それが、今の私。
強く目を瞑りすぎて、霞む視界に秀麗な眉目が映る。
整いすぎた顔。
氷のように冷たい瞳。
何を考えても、すぐに見抜かれてしまいそうな瞳。
私よりも5つも年下の男。
まだ少年と言っても良い。
それなのに、この肌を伝う指使い。
首筋をなぞる舌使い。
喉から吐息が漏れる。
男の指が、乳房を触れるか触れないかの瀬戸際で嬲る。
「…うっ」
今、漏れた淫靡な声は、自分のものだろうか。
信じたくない。
「下を見てみろ、甄」
言われるがまま、視線を落とす。
「ああ…」
諦めにも似た声で、愕然とした。
これ以上ないほど尖った乳首。
だらだらと、だらしなく液を垂らす秘所。
全身は、快楽の汗でわずかな灯火を反射している。
なんと淫らな身体。
これが、今の私。
かつての私はもういない。
今の私は覇王の女。
胸が張り裂けそうだった。
赤く燃える空。
響き渡る悲鳴。
鼻につくむせ返るような血の臭い。
全てが、幻のように信じられなくて。
それでも、肌で感じるこの焼けるような熱。
冀州が炎に包まれている。
私は今、封じ込められた一室にいる。
袁家の居城の奥深く。
火の手が届くのが一番遅い場所。
けれども、絶対に逃げ出せない場所。
袁紹は宝物のように私達を隠した。
私なんかよりも、守らなければいけないものは他にあるのに。
この部屋は悲哀で満ちている。
袁紹の嫡子、袁譚の妻、呂氏のすすり泣く声が聞こえる。
泣いているのは呂氏ばかりではない。
でも、仕方がないのだ。
私達には破滅が待っているのだから。
「毅然としなさい。我らは中華随一の名門、袁家の女です」
袁紹の正妻、劉夫人が張り詰めた声で、言った。
名門袁家は、曹操に敗れた。
袁紹は曹操の数倍の兵力を擁していた。
それなのに、負けた。
なぜなのか、後宮にいた私にはわからない。
ただ、後宮にいたからこそわかることもある。
驕慢、慢心、奢侈。
役人の娘だったとはいえ質素な暮らしをしてきた。
そんな私にとって、ここは別世界。
その暮らしは、あまりに現実から離れすぎていた。
袁紹は帝ではないのに。
だから、負けたのだ。
そう考えていた時。
刹那の胸騒ぎがした。