エンジェル・ダストD-10
「此処なら治外法権でしょうから」
「私にそれほどの力はありませんよ」
「ご謙遜を。あなたに何かあったら、御国が、黙ってませんよ」
李海環が中国政府高官や軍強硬派と深い繋がりを持ち、武器商人として生業としていることは、公安や外務省も周知の事実である。
そんな彼に下手に手をだせば国際問題になりかねない。だから日本政府は手を出せないのだ。これは、恭一が公安に居た頃から変わっていない。
それを逆に利用しようというのだ。
「──虎の威を借る狐─ではないですが、私達はあなたの庇護を受けて初めて奴らと互角に渡り合える。
そして、最終的に全貌が明らかになれば、奴らの企みを止められるかもしれない」
李は腕を組んで天井を仰ぐ。──今回の話が中国に対して有益なのか──と…。
「相変わらずタフ・ネゴシエーターですね」
李は両手を広げ、力無い笑顔を恭一に向けた。──参った─そんな表情だ。
「李さん…では?」
「いいでしょう。あなた方を客人として迎えます」
李の返答に、恭一は安堵の笑顔を浮かべた。
「良かった。これで何とかなる」
そう言うと五島を見つめた。
「──五島…」
「なんだ?」
「おまえは此処に残って情報を集めてくれ」
「ど、どういうことだ!」
突拍子もない言葉に、五島は声を荒げる。しかし、恭一は諭すように理由を語った。
「これからも防衛省や警察庁の妨害があるだろう。オレは元公安だから独りなら何とかなる。だが、おまえは違う。オレと一緒だと殺されちまう。
だったら二手に分かれ、おまえはハッキングで情報を集めてくれ。その方が早く──真実─に近づけるはずだ」
言われて五島は、自分の甘さを悔いた。──コイツと居れば、ヤバくなっても何とかしてくれる──と、心のどこかで思っていた。
──結局、そんな悠長な相手じゃないってことだな。
「…分かった。ここに残るよ」
恭一は頷き、視線を李へと向けた。
「李さん。彼をお願いします」
「客人であるあなたの友人ですから、私にとっても客人です。任せて下さい」
「良かった。これで奴らと五分に渡り合える」
恭一の目が輝いた。昨日はあまりの出来事に畏怖したとは思えぬほどに。
「さあ、これで話は済んだ。今日は再会を祝おうじゃありませんか」
李は、笑みを湛えてヒザを叩きアームチェアから立ち上がった。合わせたかのように、一人の女性が姿を見せた。
漆黒の髪を後ろで結い、目鼻立ちが整った顔は気品にあふれている。
李は、にこやかな表情を恭一達に向けた。
「これから後の事は、秘書の蘭に言って下さい」
蘭は、静かに頭を下げた。