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嘘の最初へ 嘘 0 嘘 2 嘘の最後へ

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僕にとって会話とは、とてつもなく深い水辺を連想させる。暖かく陽気な陽射しが僕を包むと、僕は必ずといって言い程毎回、沼地に足を入れて行く錯覚に囚われた。ずぶずぶと睡眠の中枢に潜っていく様なあの感覚は、光の様に暖かく親密で、水の様に冷たく無神経だった。
唯一のコミュニケーションとして成り立っていた彼女との会話は、大概が嘘である事が多かった。そしてこれも大概の場合に、彼女は笑っていた。
思えば、それが僕と彼女がリンクする重要なフィクターであった様にも思うし、実際に二人の話がもっとまともな物であれば、僕は彼女との会話を楽しめ無かったはずだ。でもそれは、僕達の間にある友好的な空間では、乱暴な話、どちらでもいい事実だったし、それが本当であった所で僕と彼女の関係が変わる事は無かった。それが素晴らしい事だとは思わなかったけど、今思い返してみると奇蹟だった。

僕の中で、幼い頃から“人は追い詰められると嘘をつく”という事実は、たくさんの経験で学んで来た確固たる物となっている訳なのだけれど、では“追い詰められていない状況でつく嘘”という物が何故存在するのかと問われれば、僕はいくら考えても首をかしげる事しか出来ない。人は些細な事でさえ嘘をつく。それが良いのか悪いのか、僕にはわからない。ただ、わかろうとも今後思わないだろう。だってそれでも「優しい嘘」という物は、僕等の間に確かにあったのだから。




僕等の高校生活が終わろうとするその前日も、彼女は優しく嘘をついた。優しく。ただ丁寧に。
「知ってるかしら? 明日で貴方の世界は終わってしまうのよ」
ふむ、と僕が一つ相づちを打つと、彼女はうっとりとした眼で遠くの方を見ながら頬杖をついた。たまらなく愛らしい仕草だな、と僕は心の中で呟いた。
「貴方はどうするの? 明日世界が終わるの……そうね、時間として、残り大体10時間と少しかしら。残された時間、貴方は何をして過ごすの?」
時刻は13時43分。次の日付までには残り10時間と16分ある。僕は割とたっぷりとあるこの10時間と少しを、明日世界が終わる事を念頭に入れて考えてみた。
「何をする? 美味しい物を食べるのかしら。それとも人生分全てを遊ぶかしら。まぁどっちにしろ十分に満足出来るわよね。なにしろ10時間もあるのだから」
公園のベンチは酷く寒かった。僕は、そういえばこう言った彼女の嘘についての考察について考える時、僕等は決まってこのベンチに座っている事に気付いた。
僕と彼女が話す時に他のそれらと違う所は、それを「仮定」として話すのでは無く、彼女が嘘をついていると知っている上でそれを「真実」として物事を考える点であった。何故その様な面倒なやり方をとったのか僕にはわからなかったが、僕と彼女の会話はある一定の意味合いで言えばとても神秘的だった。
「さて、答えは出たかしら。貴方は残された10時間をどう過ごすの?」
「どうもこうも、同じ事だよ。例え明日が無事来ようとも、明後日がどうだなんてわからないよ。頭が良い人達は明後日も明明後日も必ず来るって知ってるんだろうけど、僕は頭が悪いからかな、そんな風には考えられないし。結局は一緒さ。君と夕方まで話して、家に帰って食事して、歯を磨いて村上春樹を読む。それだけさ。別に特別な事はしない。というよりも出来ない」
「それは何故?」とでも言いたげに、彼女は微笑んでから言った。
「それは何故?」
「想像出来ないからさ。終わる世界という物を。さっきも言った通り僕は頭が良く無いから、そんなもしもの世界を想像出来ないんだよ」
彼女は笑った。声を上げて、だとかそういった笑い方では無くて、ただ笑った。あるいはそれは錯覚なのかもしれなかった。でも彼女は確かに笑ったんだ。

「貴方のそういった考え方、好きよ? タフで、ネガティブで、不安定で。本当よ? 私、嘘をつかない事だけが取り柄なんだから。でも安心して、世界なんて終わらないわ。冗談よ、冗談。だって考えてもみてよ。終わるはずないもの。こんな世界」
最後にそう言って、彼女は次の日の朝、自殺した。


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