やっぱすっきゃねん!VF-9
「こりゃ驚いた。差し込まれたのかよ…」
バッターは足場を固めて構え直した。その目から余裕は消えていた。
ここからは五分の戦いだった。用意してもらった左右の打者に対し、佳代は必死に投げた。
対する打者はヒットや空振りを繰り返す。
最初は、──たかが中坊のピッチャー──と、考えていた選手の顔は、いつの間にか真剣味を帯ていた。
「…よろしくお願いします」
最後の5人目が現れた。先ほどの野中だ。
軽い屈伸運動の後、素振りを繰り返す。その音は、いままでの4人とは明らかに違って鋭く速い。
「──本気─でな」
一哉の呟く声に、野中は黙って頷き左打席に入った。スパイクの爪で土を掻き、軸足である左足を強く固めた。
──外のスライダー。
佳代は、胸の前で構えたグラブの中で縫い目に指を這わせる。直也から教えられた握りは、この3週間ですでにわが物としていた。
セットポジションの構えから、高く上げた右足が前へと流れていく。前へと傾く上体に合わせ、右腕がバッターへと伸びた。
右足のつま先が土を噛んだ。伸ばした右手を一気に引き戻すと、背中が弓のように大きくたわんだ。
背中の中心を軸に、上体は回転し、左腕腕がムチのようにしなって伸びていく。──リリースの瞬間、指先はボールの側面を斬るように回転させた。
──外の低め。
野中は小さなステップから踏み込み、内から外へとバットを振り出す。目は完璧にボールを捕えていた。
が、放たれたボールは途中、打者の手前で横へ滑るように鋭く変化した。
──なッ!
野中のバットが止まった。ボールは外角のさらに外側で、一哉のグラブに収まった。
ベースをかすめるストライクだった。
「なんだ?今のは…」
まるで、初めて見たとでも言いたげな野中の驚きように、一哉は十分な手応えを感じた。
夕方。
「ありがとうございました!」
練習を終えた佳代は、選手達に深々と頭を下げて礼を言った。
「こちらも貴重な体験をさせて頂いたよ!」
野中の他、打席に立った選手達は帽子を取って佳代に握手を求める。
「まさか、君の球に詰まらされるなんて思いもしなかったよ」
率直な意見を聞かされて、佳代はただ、照れ笑いを浮かべた。
「おまえ達の経験値が足りないんだよ。もっと練習試合をやって色んなピッチャーと対戦しろ!」
一哉がかばうように間に入ると、野中は苦笑いを浮かべた。
その時だ。練習を静観していた大野が一哉の傍に立った。