やっぱすっきゃねん!VF-8
「ところで、──本気でやれ─って監督に言われたんですが…」
「ああ。逆にそうでないと困るんだ」
「エッ…?それって、どういう…」
一哉は会話を切ってしまった。──おまえ達が心配することじゃない──とだけ言って。
「佳代ッ!マウンドに行くぞ」
一哉と佳代が広い練習場のマウンドに向かった。同時に、選手達はバックネット裏に下がる。
佳代の目に、多くの選手達の顔が飛び込んで来た。
──なんだか、やり難いな…。
腕組みしている者、構えてタイミングを取る者、選手20余名。40以上の鋭い眼光が佳代に注がれていた。
8球の投球練習を終え、バッターがひとり中に入って来た。
一哉は、マウンドに向かいボールを佳代に手渡す。
「相手が誰かなんて考えるな。──殺るつもり!─の気概で投げてこい!」
檄を飛ばすが、佳代は視線を合わせようとしない。あまりに落ち着きが無い。
すると、一哉は柔らかい表情をを向けた。
「佳代…3月に、オレと500球のノックをやったよな」
予想もしない言葉に、思わず顔を上げた佳代。
「あのラストの感覚、憶えているよな?」
──忘れるなんて出来ない。
疲労困憊の中、周りの雑音や照明の光さえも消え去り、ただ、一哉だけが見える中、次の球だけに全身の感覚が研ぎ澄まされた。
「あの感覚を思い出せ。ただ、腕を振ってこい」
一哉は、それだけ言うとマウンドを降りた。
──思い出そうにも、無意識の中だったから…。
厳しい顔で佳代は頷いた。
選手が数回、強い素振りを行い左打席に着いた。背は佳代と変わらない位だが腕は丸太のように太い。
一哉のサインは内角高めの真っ直ぐ。
佳代は、セットポジションから素早いモーションで左腕を振った。
──肩の動きが硬い。
鋭くバットが振り抜けた。次の瞬間、右上のネットが大きく揺れた。
──なに?あの打球…。
あまりの速さに佳代は息を呑む。
そのまま2打席目。
一哉はサインを出さずに拳て胸を数回叩く。そして、両手を広げる様を佳代に見せた。
──そうだ。自分は真剣勝負に来たんだ。こんなんじゃ、相手に失礼だ。
佳代は大きく頷いた。
一哉はサインを出した。先ほどと同じ内角高めの真っ直ぐ。佳代は大きく腕を振った。
──パシッ!
速い振りから──捕えた─とバッターは思った。が、ボールがバットに当たった瞬間、ボールは滑るようにバックネットに刺さった。
──ヨシッ!
一哉の顔に笑顔が浮かんだ。
バッターはバットを見つめた。芯よりグリップ側の上っ面に、擦ったような白い跡が残っていた。