やっぱすっきゃねん!VF-7
「…コーチ。私…」
「泣くやつがあるか。やるべきことは分かっているだろう?」
温かな目を向ける一哉。佳代は、シャツの袖で目元を拭うと笑みを作って頷いた。
「じゃあ、準備に掛かるぞ」
「ハイッ!」
2人は、2階部分に設けられた回廊でランニングを始めた。
30分程度でアップを終らせ、1階練習場隅のブルペンでキャッチボールを繰り返す。
「そろそろ行くか」
一哉の合図で、ピッチングが始まった。真っ直ぐとスライダーだけを、細かいチェックに従事しながら、1球づつ丁寧に投げ込んでいく。
──なにか、土が足に粘りつくなあ。
マウンドの土に違和感を覚える佳代。スパイクで足元を固める動作を繰り返す。
もうひとつの狙いがここにあった。地区大会は球場で行われ、そのマウンドは学校と違って粘土質を多く含む。
──この土は、球場のマウンドと似ている。
ピッチング練習を続けていると、いつの間にかチームの選手達が2人を取り囲んでいた。
──な、なんなの?こんなに。
これも一哉の狙いだった。
球場のマウンドに立つと、声援等により集中力を欠いてしまう。
間近で観られる事で、球場で投げる緊張感に近いモノを感じてくれればと思った。
「藤野さん、そろそろ良いですか?」
そう言って、選手がひとり一哉に近づいた。180センチはゆうに超える長身、ガッチリとした体躯はプロ選手のようだ。
「野中か。あの頃はやせっぽちだったおまえが、今じゃ中軸を打ってるそうだな?」
「やめて下さいよ、藤野さん…」
野中と呼ばれた男は照れ笑いを浮かべた。彼は、一哉が野球部を辞める年に高卒で入部して来たひとりだ。
一哉は、野中をシゲシゲと見つめ、
「ずいぶんデカくなったな」
「ウエイト・トレーニングと素振り600回…藤野さんのおかげですよ」
入部当初、野中は体力的に練習に付いていけない事を悩んでいた。そんな時、一哉がアドバイスを与えた。
──2年後を見据えて練習をやれ。
その中で、素振りとウエイト・トレーニング、ストレッチ、食事の重要性を説いた。
それらを忠実に取り組んだ野中。今では、体重90キロを超えて筋肉質な身体に変わっていた。
野中は佳代のピッチングを眺め、一哉に訊ねる。