やっぱすっきゃねん!VF-6
「佳代、今から予定はあるか?」
「イエ…とくには決めてないですけど」
訝しげな顔で答える佳代に対し、一哉がさらに訊ねた。
「だったら、今からオレに付き合え。三洋軒のラーメンを食いに行こう」
「エッ…は、はい」
一瞬、佳代は躊躇したが、──三洋軒─という響きに食指が動いた。
佳代を助手席に乗せた一哉は、クルマをゆっくりと発進させた。
「さあ、着いたぞ」
三洋軒で食事を摂った2人が訪れたのはある建物の前だった。
3階建てほどの高さに幅30メートル、奥行50メートルほどのスレート吹きの外観は、倉庫のように見える。
「コーチ、ここは…?」
埋立地にポツンと建つそれは、まるで荒涼とした大地にある巨大な墓碑のように、特異な存在感を醸していた。
「こっちだ」
一哉は、佳代の声を無視するように彼女を建屋へと導いていく。
その手が入口のドアを開いた瞬間、佳代の目は懐疑的なモノから驚き、そして喜びに色を変えた。
屋内の全方位に張られたネット。床に敷かれた人工芝。その中では、多くのユニフォーム姿が動き回り、白球を追う威勢の良い声がしていた。
「ここはオレが昔、世話になった社会人チームの室内練習場だ」
1度は廃部になったが、今年、再び再開した。一哉は辞めて5年になるが、ここを訪れたのはそれ以来だった。
「オオッ!一哉」
奥から声が掛かった。見れば、白髪混じりの男性が満面の笑みで近づいてくる。その様子はまさに好々爺といった感じだ。
「監督ッ!ご無沙汰しております」
一哉が姿勢を正して頭を下げた。好々爺はその姿に頷くと、佳代に目をやった。
「この娘か、おまえが言っていたのは?」
一哉は頷き答えた。
──そうです。私が可能性を感じた選手です─と。
「こちらは、オレがチームに居た頃から監督にある大野さんだ」
──コーチの監督さん?
佳代は大野に対し、うやうやしく一礼した。
「今日はな。ここの選手達とおまえが真剣勝負をするんだ」
「エッ!?」
一哉の言葉に、佳代は驚きの声をあげた。
「今日、練習試合が中止になって、急遽、頼んだんだ。
ここの主力選手5人を揃えてもらえた。おまえの経験になればと思ってな」
「コーチ…」
佳代は感激した。
──自分のピッチングのために、コーチは以前居たチームに頼み込んでくれた─。
その意気に感じ入り、つい、瞳を潤ませる。