やっぱすっきゃねん!VF-10
「ところで一哉。おまえは中学で臨時コーチをやっとるそうだが…?」
「ええ。そのために、今日、お願いしましたから…」
困惑気味に返答する一哉に、大野は遠慮気味にさらに訊いた。
──おまえ、帰って来る気はないか?。
一哉は一瞬、表情を強張らせた。が、すぐに笑顔に戻ると、
「監督…私はすでに終わった人間です。このチームに必要なのは若い力ですよ。
それに、今は子供達に教える事に喜びを感じてますので」
「そうか…」
深く頭を下げた一哉に、大野は寂しげな表情を向けた。
降りしきる雨の中、一哉のクルマは練習場を後にした。
大野はその姿を見て、哀愁漂うため息を吐いた。
「コーチ、今日はありがとうございました!」
走り出したクルマの中、佳代は喜び溢れる顔で頭を下げた。
「礼なんかいらんぞ」
運転する一哉の顔も晴れやかだ。それほどの手応えを感じていた。
「…私にとって、貴重な体験でした。社会人の選手に対して投げれたなんて」
クルマは信号に停まった。一哉は助手席の佳代を見る。
「あいつらは、試合で140キロの球を打っている。大いに自信を持っていいぞ」
「ハイッ、必ずチームの勝利に貢献します」
「その意気だ…」
信号が青に変わった。一哉は視線を前に向け、シフトをローに入れ、アクセルを開けてクルマをゆっくりと進ませた。
それからの1週間は瞬く間に過ぎた。佳代は部活でバッティング・ピッチャーをする機会が与えられた。
彼女にとって、社会人チームとの経験は著しい成長をもたらしてくれた。
──誰にも臆すること無い姿─は、仲間のレギュラー達さえも、まともに打てなかった。
──こいつは…。
監督の永井、コーチの葛城は佳代のピッチングを見て驚きと同時に確信を持った。
──どこにも負けない野球が完成した─と。