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黒い犬
【家族 その他小説】

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黒い犬-1

今夜は土砂降りだった。心を攻め立てるような雨脚。
道路には即席の川が出来るほどであった。
衣服をかなり濡らし、ノゾミは家に辿り着いた。


なんとか着替えはすませた。まだ眼から液は流れていない。
一生懸命、平常心を保っていた。
今にも声を上げて泣きそうなのがわかったが、
不思議とそれは抑えられ平然と部屋の片づけを始めることができた。

しかし、棚の上にある写真を見たとき
緊張していた体は糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちて、大声で泣き始めた。
写真には黒すぎて輪郭が良くわからない、黒い犬が写っていた。



ノゾミは実家を出て首都圏で一人暮らししている。
実家には両親と彼女が高校生の時から飼い始めたメスの黒い大型犬が一匹いた。

黒い犬と一緒に暮らしていたのは高校3年間くらいで、大学進学時から実家を出たため、
その後の現在まで約5年間は別々に暮らしていた。それでも黒い犬は彼女の心の拠所である。

いつまでたっても幼い顔をしている犬だった。
とても甘えん坊で、ノゾミが母と話をすると母がとられたと思い、ヤキモチを焼いて吠え立てる。
決して、賢い犬ではなかったが、ノゾミはそんな黒い犬が愛おしくて仕方がなかった。


黒い犬が小さいころのことを、思い出す。

胡坐をかいた膝の上にすっぽりと収まるくらいの頃、呼べば必ず全力疾走で駆けつけ、
胡坐の上に納まり、眠りについた。
またあるときは、餌の袋に一生懸命頭を突っ込んで、匂いをかぎ続けたこともあった。

夏になると、玄関のタイルが冷たいのかその上で伏せをして、後ろ足を平目のように開いて涼んでいた。
間違って玄関のドアを開けっ放しにした時は当然の如く外に飛び出し、家族全員で走って追いかけた。

秋は夢中になってトンボを追いかけ、散歩中烏に狙われた時は、ノゾミの後ろに隠れて震えていた。
狙われるのを防ぐため、散歩する時は首輪に鏡をつけた。
ノゾミが幼い頃に使っていた鏡だった。
それからは強気になり、烏を追いかけるようになっていた。

冬になると雪で覆われる公園での散歩を、黒い犬は大変楽しみにしていた。
黒い毛並みと白い雪がとても美しかった。
足が短いため深いところは苦手で、母と一緒に雪に埋まって動けなくなったこともあった。
そのときは、『タスケテ』と眼で母とノゾミに訴えかけた。

春になると黒い犬は1歳年を取り、より一層家族から愛された。
体も大きくなり抱きかかえることも出来なくなったが、ノゾミは実家に帰るといつも抱きついて
「愛してるよ」と耳元で囁いた。


そう、ノゾミの家族は黒い犬を心から愛している。一番下の娘として、大切に育てたのだ。

しかし、昨年の暮れに病気が発覚した。脳に腫瘍ができてしまった。
その腫瘍のせいで髄液の流れが滞り、脳に水が溜まり圧迫していた。
日に日に動きが鈍くなり、走ることが出来なくなっていた。


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